第8話 犯人捜し

 しばらくすると、レイレイは本当に高校転入の手続きを済ませ、俺は試験を受けて、無事、水之江高校へと転校することが決まった。


 本当は転校も何も、元々学生ではないのだが。試験は簡単だった。なにせ、高校レベルの勉強だ。一度人生の先に進んだ人間が受け直すのは、ある意味チートみたいなものだろう。


 高校生に戻るのは全く問題ない。問題があるのは、性別が違うということだ。俺はそれだけがバレないか不安だったが、まあ男だろうが女だろうが、変な奴はどこにでもいるのだ。多少やらかしたところで、変な女だと思われるだけで済むだろう。なんたって、身体は実際に女なのだから。


 初めは用を足すのにも風呂に入るのにもどぎまぎしたものだが、何度もしなければいけないことほどすぐ慣れる。

 まぁ……身体は女、脳は男なので、自分の身体を見て欲情する部分は確かに否定できないが、妖精のレイレイは突然何もないところから現れるので、常に監視されているようなものなのだ。

 人の……妖精の目があるというだけで、人間というものはどうしても理性を保ってしまう。


 トパーズ……つまり神崎ひなとは、同じ学年でクラスが別となっていた。アビスに襲われたときに消失したスマホを買い換えたので、転校してから無事連絡先を交換することができた。ひなはよく俺のクラスに会いに来たので、元々知り合いということはクラスの面々にも知れ渡ったようだ。


 今日も授業が終わる頃、他のクラスは先に終わったのか、教室の外からひなが覗くのが見えた。終わったらすぐに出て行かないと後で小言を言われるだろう。

 そう思って荷物をまとめておきすぐにひなの元へと向かったと言うのに、ひなは不機嫌そうだった。


「アンタ、さっき私と目が合った時、嫌そうな顔したでしょ」


 確かにしたかもしれない。

 なぜなら教室の外から覗き込んでいる奴がいれば目立って他の生徒が注目するし、それがひなだということが分かった時点で、目当てが俺だとわかってしまう。俺はこんな状況なのでできるだけ目立ちたくないのだが、そんな気持ちはひなには伝わらない。


「い、いや? 全然? むしろ見つけて嬉しかったけど?」


「な、何言ってるのよ。馬鹿!」


 渾身のフォローだと思ったのだが、やはり上手く誤魔化せなかったようで、ひなは怒ってしまった。ツカツカと廊下を歩きだしたひなの後を、俺は慌てて追いかける。


「聞いた? 例の、女の子に魔法少女が襲われる事件。また先週被害者が出たって、秋雨さんが言っていたわ」


「へぇ……初めて聞いた。なんでそんなことするんだろうね」


「まあ、あんまり校内で話をするのはよくないわね。どこで誰に聞かれているか、わかったもんじゃないんだから」


「そうだね。わざわざ一緒に帰らなくても、スマホに連絡くれれば大丈夫だよ」


 ひなとは毎日一緒に帰り、今後のことを相談したりしていたが、それが危険を招くなら止めた方がいいだろう。俺は気を使ってそう言った。するとなぜか一層ひなは怒り始めた。


「何よそれ! 一緒に戦ってくれるって言ってくれたじゃない。私が一人の時に襲われたら、どうするつもり?」


「確かにそれはそうだ。じゃあやっぱり毎日一緒に帰ろう」


「ふ、ふん。当たり前じゃない。何考えているのよ、全く……」


 ひなには毎日怒られてばかりだ。やはり、思春期の女の子の気持ちというのは、山の天気のようにうつろいやすいらしい。とはいえ、同性の友達相手にも、こんなにぷりぷりと怒るものだろうか。

 俺には学生同士の、しかも女性同士のコミュニケーションというものが、さっぱりわからなかった。


「それで、どうやって見つけようね? その犯人の女の子とやらを」


「うちの学校の生徒ということはわかっているんだけど、校内にいる時は悪さをしないだろうし……」


「でも、この辺りが生活圏内ではあるんだろうな」


「そうね。魔法少女が襲われたという証言や、襲われていたという目撃情報は、市内に限られているみたい」


「市内か……何もヒントが無いよりはマシだけど、広すぎるね。もう少し絞りたいところだけど」


「犯人もアビスではなくて人間なら、特定されないように一か所ではやらないでしょうね」


 犯人は市内を活動圏内としている、水之江高校の女生徒。それだけで結構絞られるとは思うのだが、そこからどう見つけたものだろうか。何かもう少しでも、範囲を狭める方法は……


「そうだ。犯人の姿がはっきりと見られていない、ということはもしかして、犯行は全て夜?」


「ええっと……そうね。確かに言われてみればそうだわ」


 アビスは昼も夜も関係なく出現し、人を襲う。この間俺が襲われたのだって、真昼間の休憩中だ。そう考えると、人目につかない夜を選んで動いているところがなおさら人間らしく、犯人が人間であるという信ぴょう性は上がる。


「そんな夜って、学生は好きに出歩けるものなのだろうか?」


「私は一人暮らしだから言われないけど、他の子たちは親から何か言われたりするんじゃない?」


「一人暮らし? その年で?」


「……それは、今関係無いでしょ」


 驚いてつい聞いてしまったが、確かに人には聞かれたくないことの一つや二つくらいあるだろう。俺は深く考えずにそう聞いてしまったことを少し反省した。


「……ごめん。じゃあ、気を取り直して……犯人は親からそれなりに放任されている子供、ってことかな?」


「そうね。親が家にあまりいないか、不良か、もしくは……魔法少女か」


「魔法少女だって?」


 まさか、同類が魔法少女を襲っているとは考えたくも無かったが、自由に行動を許されると言う意味では、確かにあり得る。


「ええ。夜中だろうがアビスは襲ってくる。当然対応するのは、魔法少女しかいない。妖精が察知すれば、魔法少女がアビスを倒しに行くのを止められる人間なんていないわ。例え親でもね」


「確かに! すごいじゃないか、ひな! これで大分探しやすくなったんじゃない?」


「そう……そうね! 夜、市内で、魔法少女を重点的に調べる……例え相手が犯人じゃなくても、犯人から襲われるのを防ぐことができる、かも」


「そうだな……今日から夜、市内をパトロールして、魔法少女を見つける。そして見かけた魔法少女がアビスと戦いもせずにうろついているようであれば、そいつが犯人である可能性が濃厚だ」


「決まりね。水守公園に夜八時! 時間厳守だからね!」


 ひなは突破口が見つかって、興奮しながらそう言った。俺はひなが一人暮らしだから親を気にしないでいいという話を思い出して、複雑な気持ちになった。逆に言えば、本来は親に心配されるような行為なのだ。あまり危険な目には会わせたくない。


「ひな。パトロールは一人でやるよ。犯人を見つけたら連絡するから……」


「馬鹿にしないでよね。私はアンタより遥かに強い先輩なんだから。いい? 八時だからね!」


 そう言い残すと、ひなはこちらの答えも聞かずに、走って帰っていってしまった。


 説得するのは難しそうだ。できるだけ危険な目に合わせないよう、なんとか俺が先に犯人を見つけなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る