第7話 神崎ひな

 その後、俺は警察の秋雨から、どうやって敵を倒してネストを崩壊させたかなどを簡単に聞かれた。


 聞き取りが終わると後のことは任せろと言われ、俺とトパーズは解放された。

 規制線の傍に立っていた警官に、軽く黄色いテープを上げてもらい現場から出ると、先に出ていたトパーズが建物の壁にもたれて、腕を組んで待っていた。


「私、神崎ひな。警察にも名前言ってないから、ここで話そうと思って」


 ツンとした、少し緊張したような声で、サン・トパーズこと神崎ひなはそう言った。


「神崎さんね、よろしく。俺は……私は? えーと……蒼井まこと」


 幸いと言っていいのかわからないが、女性にも全くいなくはない名前だったので、俺は素直に本名を名乗った。しかし、レイレイによれば男だということは言ってはいけないらしいので、これからは一人称や喋り方も気にしなくてはいけないかもしれない。


 それにしても、男だとバレたらどうなるのだろうか。半分溶かされた元の身体に戻されて死を待つのみ、とかだったら怖すぎる。絶対バレないようにしなくては。


「ひな、でいいわ。私もま、まことって呼ぶし」


 自分から名前呼びを提案した割に、少し照れながら、ひなはそう言った。


「わかった。よろしくね、ひな」


 ひなに言われた通り名前で呼んだと言うのに、ひなは呼ばれた瞬間、びくっと一瞬硬直した。何だ? 嫌ならなんで提案したのだろうか。


「あの、さ。あの噂知ってる?」


 ひなは少し間を開けてから、そう切り出した。


「噂?」


「そう。謎の女の子が、アビスを操って、魔法少女を襲うっていう噂」


「え? そんなことがあるんだ。全然知らないな」


 アビスを操る? あの気持ちの悪い生物たちが、意思疎通のできる相手には、俺には決して見えなかった。


「私も最初は、全く信じていなかった。けど、以前、他の魔法少女が戦っている所に駆け付けると、既にボロボロの魔法少女が横たわっていてね。その子が言ったのよ『私を襲ったのは、水之江高校の制服を着ていた、女の子だ』って。その子は酷いけがで、まだ入院中よ」


「それは……大変だね」


「私も、その水之江高校の生徒なの。もちろん犯人じゃないわ。でも毎日、敵が近くにいるかもと思って気が気じゃないの」


「なるほど……同じ高校か。それは確かに不安だ」


「だから……今まではあまり、一人の魔法少女と仲良くすることもなかったんだけど、少なくとも信頼できそうなやつとは繋がっとこうと思って。連絡先、教えてよ」


 やはり少し不本意そうに、目を伏せながら拗ねたように、ひなは言った。


「てかまず、どこ高?」


 自分が通っている高校を聞かれ、当然ながら俺は口ごもる。


「あー……」


 いや、さすがに学校の名前とか、咄嗟に出てこないぞ。そもそも知っている学校の名前を言ったところで、調べればすぐにいないとバレるじゃないか。


「あら、偶然ですね。まだ秘密ですが、まことは水之江高校に転校する予定だったんですよ」


「はっ⁉」


 いつの間にか横に飛んできて、話を聞いていたレイレイは突然そんなことを言い始めた。だいたい、お前がここに居たら俺が魔法少女だって周りのみんなにバレバレだろ。


「えっ? そ、そうなの? それならそうと、早く言いなさいよ。ふふっ……同じ学校に通えるんだ……」


 ひなが少し嬉しそうに俯きながら小声でそう言ったことよりも、俺にはレイレイが吐いた大嘘の方が気になってしょうがなかった。


「ちょっと待ってて。簡単に秘密をばらすレイレイと少し話しがあるから」


「え、えぇ。いいけど……」


 俺はそう言うと、戸惑うひなを放っておいたまま、レイレイと路地へ入って問い詰めた。


「お前っ……どういうつもりだよ。一番すぐバレる嘘つきやがって!」


「嘘ではありません。今の話、聞いていたでしょう? 水之江高校に敵がいるというのなら、ここはサファイアが直接殴り込むしかありません」


「仕方なくはないだろ! 俺は身分上、社会人なの。男なの。高校には通えないっての!」


「なんだ、そんなことをご心配ですか。手続きから偽装書類まで、諸々私にお任せください。だいたい魔法でなんとかなりますよ」


「いやっ……それは……そうなの? でも、男がJKのフリして高校に通うのってどうなんだよ」


「目的のためには手段を選ばず。世界の平和を守りたくば、そう心得てください。私達は出遅れているし、そもそも規則を破っているんですから、うまい具合に実績を積んでおかなくては」


「しかし、うーん。まぁ、それもそうか。俺がいなければ、ひなが一人で危険な場所にいることになるし……」


「まさにその通り。私はそれを心配していたんですよ」


「ぜったい嘘だ」


 レイレイに、ひなを心配するような人間的な考え方があるようには思えなかった。目的の為に手段を選ばず、とか聞いたばっかりだし。


「なによ、話は終わったの?」


 不審そうにするひなの元に、俺は渋々戻った。


「わかったよ。お……私も、転校したら調査を手伝うよ」


「ほ、本当?」


 そう言ったひなの顔は、初めて心から嬉しそうだった。同じ高校に敵がいるかもしれないということで、一人で抱え込んで不安だったのだろう。まあ、色々不安はあるものの、ひなのその表情が見れたことで、ひとまず間違ってはいないのだろうと、俺は自分を納得させたのだった。

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