第6話 解除と、新しい性別


 警察車両の傍で、俺とトパーズは話を聞かれていた。優しそうな婦警さんが俺に尋ねる。


「トパーズさんの方は済みましたよ。あなたは、既に登録されている魔法少女ですか?」


「あーいえ、今日が初めてだと思います」


「新米さんなのに、ネストを破壊するだなんて、偉いじゃない。私は県警アビス対策部の秋雨です。これから会うこともあるかもしれないから、よろしくね」


 婦警さんは子供に不安を与えないようにするかのように、丁寧にそう語った。そんな接し方を子供の時以来されたことが無いことに気づき、それは相手が社会人の男であれば見せることのない表情なのだろうと、何となく思った。


「大丈夫?」


「あ、あぁ。大丈夫です」


 俺は秋雨の呼びかけで、現実に呼び戻された。とはいえ、魔法少女になっているこの現実の方がよっぽど非現実的なのだが。


「初めてなら簡単に登録を済ましてしまいましょう。安心して。実際の名前を言う必要はないわ。魔法少女のプライバシーは、魔法少女保護法によって守られていますから」


 魔法少女保護法……魔法少女が実際にこの世界の保護を担うようになってから、いくつかの痛ましい事件が起きたことを受けて、その生活を守るために作られた法律だ。具体的な内容までは知らないが、その法律によって魔法少女の平穏な日常生活は守られているらしい。


 俺は受け取ったバインダーに、魔法少女名や能力の詳細を書き込んだ。それを手渡すと、婦警の秋雨はカタカタとPCに情報を打ち込み、PCにつないだ端末からカードを取り出した。


「はい、登録証よ。魔法少女登録証は、各種関連施設へのアクセスキーでもあるし、ネスト討伐報酬が振り込まれる特別口座とも紐づけられているキャッシュカードにもなっているから、失くさないようにね」


「え? 給料がでるんですか?」


「ええ。誰かに雇われているわけではないから、給料ではないけどね。あくまで、討伐に成功した際の、報奨という形よ」


「おぉー……ちなみに今回はどれくらい?」


「うーん、今回は個別の討伐報酬が追えないほど酷かったけど、ネストを破壊しているので、二人で五百万円を折半程度かしら」


「ご、ごひゃくまん⁉」


 何だと? たった数時間の働きで、五百万? いや、落ち着け。トパーズもいるから二百五十万だ。いや、全然いいぞ。タダ働きかと思っていただけに、嬉しくて仕方がない。


「一週間前後で振り込まれると思うから、少し待って見てみてね。あと注意事項は……そうね。現場をしばらく離れてから、変身を解くこと。それと、心のケアが必要だったら、この番号に電話してね」


 そう言って秋雨は、小さなカードを渡した。一人で抱え込まないで、というメッセ

ージと共に、電話番号が書いてあった。魔法少女専用の相談ダイアルまであるとは。それだけ過酷な役目ということだろう。


「ありがとうございます」


 俺がそう言うと、秋雨は今度はトパーズの方に話しかけに行った。


「というか、変身ってどう解くんだ? 解いたらどうなるんだ?」


 俺はレイレイにそう尋ねた。


「魔法少女には少女しかなれませんから、魔法であなたの元の身体も少女にしました。だから、解除すれば少女に戻りますよ。あと、男性を少女にして魔法少女にすることは、妖精にとっては容易いことですが、人権の観点から禁止されています。絶対に言っちゃ駄目ですよ」


「は、はぁ⁉ お前、後出しもいいとこだろ、それ!」


 事が済めば、男の身体に戻れると思っていた俺は衝撃を受けた。それどころか、本当は男を魔法少女にするのは絶対にしてはいけないことらしい。この妖精、命が助かるまでそんな大事なことを黙っていたのだ。なんという確信犯だろうか。


「だったら何ですか? あそこであのまま野垂れ死んでおきたかったですか?」


「それは……確かに助かったけどさ……」


「それなら話は単純です。命あっての物種。楽観的なあなたなら、すぐに受け入れられるでしょう?」


「……まあ、確かに。元々素晴らしい人生を送っていたわけでもないしな。もしかして寿命も延びるのか?」


「多少若返っていますので、その分は」


「性別にだけ目をつぶれば、人生二回目みたいなもんか……まあ、いっか。前向きに生きるとしよう」


「説得しておいてなんですが、順応が早すぎて気持ち悪いですね。もう少し悩んだ方が人間らしいですよ」


「妖精が人間らしさを説くなよ……俺はいつだって前向きなの」


 とにもかくにも、これからの人生、俺は魔法少女であり、かつ変身を解いても女として生きねばならないらしい。どう生きたらいいのやら色々疑問は浮かぶが、まあその時になって考えればいいだろう。


「ところで、変身を解いたら服は元の物に戻りますよ。先ほどの婦警なら着替えも用意しているでしょうし、ここで解いて貰っておいた方がいいかもしれません」


「あー、服ボロボロだったしな。貰えるんなら貰っておくか」


 俺はレイレイの提案を受け入れて、トパーズと話を終えた秋雨に再び話しかけ、着替えが欲しいと、ねだった。


「もちろん、ネストの粘液の影響もあるので、こういう時の為に、アビス対策部は着替えを用意していますが……まあいいでしょう。まだ野次馬も少ないですから、ほら、こちらの陰で着替えましょうか」


 秋雨はブルーシートで覆われた簡易的なスペースに俺を案内して、女性ものらしいジャージを手渡した。


「それなら、私もここで解除していくわ」


 話を聞いていたトパーズも、なぜか狭いところにわざわざついてきて、そう言った。別に服が汚れていないなら、遠くで解除すればいいのに。


「『ブルーサファイア、変身解除』で大丈夫です」


 レイレイに解除の仕方を教えられ、俺は変身を解除した。


「ブルーサファイア、変身解除」


 すると、まるで弾けるように着ていた服が消えていくと、身体は女のままで、元の服が現れた。ズボンはぶかぶかになってずり落ち、ボロボロのワイシャツだけが身体に残った。ワイシャツの裾のおかげでかろうじて下半身が隠れていたが、はたから見れば完全に裸ワイシャツという状態だった。


「あ、あ、アンタ何て格好しているのよ!」


 トパーズは俺の姿を見て、顔を真っ赤にして叫んだ。着ているのがワイシャツで、その上下着すら身に付けていないだけでなく、ワイシャツは粘液で溶かされボロボロなのだ。ほぼ裸といっても過言ではない。


「あー……これは確かにジャージ貰っといて正解だわ」


「そんなこと聞いているんじゃないわよ! アンタ、変身する前……誰と何してたのよ! 私の天使が……まさか男に穢されて……あ、あぁぁ~っ!」


 訳の分からないことを言って発狂しているトパーズを無視して、俺は貰ったジャージを身に付けた。車の窓に映る姿を見ると、どうやら変身していた時の姿とは、髪の色や長さが変わっていた。


「お? 姿がちょっと違うな」


 車のミラーのところまで移動して自分の顔を映すと、黒髪を肩くらいまで伸ばした姿に変わっていた。変身時には水色の髪が長く伸びていたが、解除した姿は生活しやすそうな姿だったので、少しほっとした。


「まあ、あの水色の髪よりはまだマシか」


 俺は髪を撫でつけて、軽く整えた。どの角度から見ても、美少女だ。まあ、好みでない顔になるよりはよっぽどいい。


 気が付けばトパーズもいつの間にか変身を解除しており、学生服姿になっていた。金髪ということは変わらなかったが、ツインテールは縦ロールではなく、ストレートのツインテールになっていたし、長さも地面に着きそうなほど長かったのが、首元ほどまでの長さに短くなっていた。

 変身を解除しても、トパーズの見た目は可愛く、おそらくクラスでの人気も高いことだろう。


 しかし情緒は不安定なままで、トパーズは瓦礫に座ったまま、頭を抱えている。


 可哀想に……長く戦い続けた魔法少女は、きっと精神不安定になるのだろう。


 報酬がいいのなら魔法少女をやるのもいいかもしれないとは思っていたが、ああはなりたくないものだ。

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