第5話 コア
「おーい、まだぼーっとしてる? 大丈夫?」
「い、いえ。もう大丈夫よ。少し考え事をしていただけ」
俺は、トパーズと名乗った魔法少女と一緒に、薄暗い肉の迷宮、ネストの中を進んでいた。
ネストの中には、触手が至る所から生え、奇妙な形の生物がそこかしこを這っている。全てを相手にすることなどできないので、攻撃してくるもの以外は無視して、ネスト全体のコアを探す。
「そろそろですよ。あまり大きくないネストで助かりました」
妖精のレイレイが、コアが近いことを告げた。結構な距離を歩いたが、これでもこのネストは小さい方らしい。もっとでかいネストとはどんなものだろうとは思ったが、二度とこんなところに迷い込みたいとは思えなかった。
「この壁の先です。さあサファイア。切り開いてください」
「了解~、バトンセイバー!」
俺は仕舞っていたバトンセイバーの光の刃を再び呼び出すと、十字に肉壁を切りつけた。肉壁の一部が削り取られ、そこから焼けただれるかのように穴が広がっていった。
穴の奥には、巨大なホール状の空間が広がっていた。半径五十メートルはあるだろうか、天井も他の場所に比べて高い。その床、天井、壁からは、ネストの他の場所とは比較にならない量の触手が生えており、獲物を探すように空気中をまさぐっている。
中央には肉で形作られた禍々しい台座のような物があり、その上に透明な膜につつまれた、赤いボールのようなものが浮かんでいた。ボールはバスケットボール程の大きさで、光を反射して宝石のように光っていた。
「あれがコアか」
「そうです。あれをぶった斬るのですよ、サファイア」
「よーし、とっとと終わらせますか!」
「む、無茶よ! こんなに大量の触手!」
トパーズはコアが鎮座したホールの様子を見て、そう声を上げた。
「馬鹿じゃないの⁉ サファイアは近接高速タイプの魔法少女でしょ! 私は中距離攻撃タイプだからここから攻撃は届かないし……最悪でも遠距離魔法タイプか、パワータイプの魔法少女でなければ、そもそもあそこまで辿り着けないわよ!」
トパーズは絶望したように、そう言って座り込んだ。
「え、そ、そうなの?」
そんな勝手など全く知らない俺は、戸惑いながらレイレイに尋ねた。
「まあ、普通はそうですね。少しでも勝率を上げるためにトパーズを助けましたが、それでも成功する可能性は限りなく低いでしょうね」
「そうなんだ。今まであんまりそういう感じの空気出てなかったじゃん」
「悲観的になっても状況は変わりませんからね。私達にできるのは今できる最善を尽くすことだけです」
「冷静だなぁ」
他人事のように言ってのけるレイレイは冷たく見えたが、実際俺たちがここを切り抜けられなかったらレイレイもネストに残ったままになってしまうのだから、成功自体は望んでいるはずだ。
しゃがみ込んで地面を見つめ、震えているトパーズの肩を叩き、俺は励ました。
「まあ、なんとかなるって」
するとトパーズは俺の手を払いのけて、叫んだ。
「ふざけないでよ、アンタ新米だから知らないのよ……魔法少女は……人は……本当に簡単に死んじゃうんだからね!」
「お……そうか。ごめん。新米だからわかんなくて……でも、そんなに怖がってまで戦うことないさ。そこで見ていなよ」
いたいけな少女が、震えて怯えている。この子は俺と違って、れっきとした年端のいかない少女なのだ。そんな子供を、死地に送り出すわけにはいかない。
どうせ、俺の命はあの時、壁の中で潰える運命だった筈なのだ。こうやって挑むチャンスがあるだけ、まだマシだろう。俺は覚悟を決めると、両手にバトンセイバーを持ち、双剣として装備した。
「来い、バトンセイバー」
そしてそのままホールの中央を目指してゆっくりと歩き始めた。トパーズはそれに気づいて、大声を上げる。
「ばっ! 馬鹿じゃないのアンタ! 何勝手に一人で……!」
後ろから聞こえるトパーズの声を無視して、ホールに一歩足を踏み入れた瞬間、部屋中の全ての触手が、一斉に、まるで視線を向けるかのようにその先端をこちらに向けた。
群衆から一斉に敵意のある視線を向けられたような恐怖を感じて、俺は思わず身がすくんだ。
「ひっ……見つかっちゃいました?」
近くにあった触手が、素早く襲い掛かり、俺はそれを避ける。
しかし足元から来ていた触手に気づかず、一瞬にして巻きつかれ、逆さにつるし上げられてしまった。
「あーれー⁉」
世界が逆さにひっくり返り、おかしな悲鳴が勝手に出る。人間、着慣れていなくても、スカートが捲り上がれば必死に押さえるものらしい。
そう、井戸に落ちそうな子供がいれば、だれもが咄嗟に助けの手を差し伸べるかのように……例え合ってるか? これ。
「馬鹿! 信じらんない! デュアルファルコン!」
トパーズは立ち上がり、両手に拳銃を呼び出すと、素早く正確に、俺の脚に巻きついていた触手の根元を撃ち抜いた。その瞬間、糸を切られたように、俺は地面に落下した。
「げふっ! いたたた……」
落下の痛みを感じつつ、俺は立ち上がる。
「二丁拳銃? かっこいい~!」
「馬鹿言ってないで走って! 援護するわ!」
そう言いながら、トパーズは俺に襲いかかる触手を、俺に近い物から正確に撃ち抜いていく。撃たれた触手の体液が飛び散り、身体にかかる。
「オッケー!」
俺は素早く姿勢を低くして、コアに向かって全力で走った。魔法少女の強化された身体は、人間離れした速度で、触手の隙間をかき分け走ることができる。
邪魔になるものをバトンセイバーで斬り、ひたすら前だけを見て進む。死角や足元の触手が襲い掛かってくるとその度に動きを止めそうになるが、一瞬後にはトパーズがそこを正確に撃ち抜いてくれている。
「すっげ……」
少し感動しながらも、俺は必死で攻撃を仕掛けてくる触手の間を全力で駆け、その隙間を縫うようにしてコアに近づく。
そしてようやくたどり着くと、走るのを止めることなく跳躍し、一気に距離を詰めた。
「今よサファイア! 『ブリリアント・サファイアソード』を使って!」
遠くから、それでもはっきりと聞こえる声で、レイレイがそう叫ぶ。何かの必殺技だろうか? 相変わらず恥ずかしいネーミングセンスをしている。
「何だよそれ! 聞いてないぞ!」
「いいから!」
「ああ、はいはい……ブリリアント・サファイアソード!」
跳躍しながら、まさに一撃を叩き込もうとしていた時だったので、俺はとっさに大声でそう叫んだ。するとバトンセイバーの光線剣が、勢いよく粒子をバトンから吹き出すかのように、その長さを数倍に伸ばした。
俺はそれをそのまま振りかぶり、コアに叩きつける。
「壊れろーっ!」
部屋全体を叩ききるような巨大な光線剣は、素早く閃き、コアがあった空間をそのまま切り取るようにして、横なぎに一刀両断した。
周りの触手達もサファイアソードが当たったところから真っ二つになり、ばらばらと崩れ落ちる。
俺がコアを過ぎ去って着地すると、すぐ後ろでバギン! という大きな音を立てて、コアが砕け散った。
「嘘……本当にやった……」
ホールの外で、デュアルファルコンを構えながら、トパーズが呆然としている。
触手達は動きを止め、その場に力なく垂れ下がった。
すると突然、グラグラと足元が揺れ始めた。地面が盛り上がり、天井が上へと高く上がり始める。
「崩壊が始まった! 安全な場所へ移動して!」
トパーズはレイレイに急かされているが、地面が不安定に揺れているため、上手く動けていない。トパーズたちがいる方が、だんだんと下へ下がっていく。ここは地下なのだから、出来れば上に上がる場所にいたほうがいいはずだ。
俺は素早く移動して、トパーズに手を差し伸べる。
「こっちだ!」
トパーズの手を掴み、こちら側に引き寄せると、地面はさらに上へと上がって行った。トパーズはその場にしゃがみこむ。レイレイも俺の肩に捕まり、衝撃に備えた。
天井の一部が崩落し、肉の破片や触手が飛び散る。ホールの天井が、花が咲くように裂け、開くと、日の光が差し込んでくる。その眩しさに、俺は思わず目を細めた。
コアがあったホールは、ちょうど交差点の真下にあったようで、崩壊と同時に地上に突き出ると花が咲くようにその場に開くと、揺れは収まった。赤くピンク色で瑞々しかったネストの全体は、徐々に黒ずみ枯れて行った……
周りにはほとんど野次馬はいないが、代わりに警察車両が規制線を張って、人が近づかないように取り囲んでいる。
「ふー。何とかなりましたね。上出来です、サファイア。褒めてあげます」
「それはどうも」
レイレイは相変わらず上から目線だったが、無事に生きて戻れたのもこの妖精のおかげだ。俺は素直にレイレイに感謝していた。
トパーズは、座り込んで手をついたままだ。呆然とした表情で、こちらを見ている。
「な? なんとかなっただろ?」
俺はそう言って笑い、トパーズに手を差し伸べた。しかし、トパーズはその手を取らずに、放心状態でこちらを見つめている。
「天使……」
「ん?」
俺はトパーズがそう言ったのを聞いて、思わず後ろを振り向いた。魔法少女がいるくらいだから天使もいるのかと思ったが、後ろには何もいなかった。トパーズには、幻覚でも見えているのだろうか?
「大丈夫か?」
「あなたは、私の……!」
「トパーズ?」
「はっ……な、なんでもない! 何でもないからぁ!」
トパーズは突然正気に戻ったようにそう言うと、顔を真っ赤にして立ち上がった。そして逃げるように立ち去り、ちゃんとした足場のある地上へと戻って行った。
「なんだあれ?」
「サファイアは鈍感ですね。会ってものの数時間ですが、パーソナリティは大体分析できましたよ」
逃げ去って行くトパーズの後ろ姿を見る俺に、呆れたような声色で、レイレイは俺に言った。
「パーソナリティ? どんな?」
「過度に楽観的で、刹那的。快楽主義者で、女性の心の機微に鈍感」
「えっと……今言った中に誉め言葉ってあった?」
レイレイはそう尋ねる俺を無視して、トパーズの後をついていくように飛んで行った。
「無視かよ……ま、生きてるだけで全てよし、か」
せっかく勝利したというのに二人に冷たくあしらわれ、少し寂しい気持ちになったが、俺はそう自分に言い聞かせてから頷くと、トパーズたちの方へとゆっくりと歩きだしたのだった。
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