第4話 魔法少女サン・トパーズ
私、神崎ひなは、この地域でも指折りの実力を持つ魔法少女、サン・トパーズだ。
私は、幼い頃、触手生物、アビスの襲撃を受けて両親を失った。
私を庇って地中へ引きずり込まれた両親の、絶望した表情は今でも脳裏に焼き付いている。命を張ったその勇敢な行動にもかかわらず、まだ幼い私を完璧に助けたとは言えなかった。
周りには何本もの触手が未だ地面から顔を出して私に迫っており、子供で判断力もなかった私は、ただ両親が目の前で吞み込まれた恐怖に泣き叫ぶことしかできなかった。
そんな時、魔法少女が私を救ってくれた。そんな死地から抱き上げ、華麗に跳び、舞い、私を安全な場所へ運ぶと、一帯のアビスを駆除してみせた。
格好良かった。天使だと思った。人知を超えた何かが、私を助けてくれたのだと、幼い私は思った。
それ以来、親戚に引き取られた私は、ひたすら魔法少女に夢中になり、テレビにかじりついてその活躍に見入った。新聞の記事を切り抜いたり、雑誌を買ったり、グッズを買ってもらったり、自分にできる限りの応援をした。
それは感謝であり、憧れであり、愛であり、執着であり、信仰でもあった。
高校に入って独り暮らしを始めた私が、学校からの帰り道に妖精に声をかけられたとき、迷わず私は魔法少女になることを了承した。
「私ぃ、結構忙しい妖精だから、掛け持ちだけどいいかな? 私の担当、シャンパンゴールドとか、ムーンライトとか、人気魔法少女も多いんだよねぇ~」
金色に輝くドレスを身にまとったその妖精は、得意げにそう言った。掛け持ちというのは少し引っかかったが、そんなことはどうでもよかった。
私が、魔法少女に、なれる!
いつかそうならないかと、毎晩願って祈るしかなかったのに、それが実際に起きたのだ。私は即答した。
「そんなの、全然大丈夫。お願いだから、私を魔法少女にして!」
親を亡くした私にとって、いつも保護者のように妖精がついていなくてはならないなんて、甘い考えだ。私は積極的に自分から情報を集め、アビスを討伐に向かった。
何故かって? 決して魔法少女として活躍したかったとか、有名になりたかったとか、お金を稼ぎたかったとかそんな理由ではない。
別の魔法少女に会うためだ。
強く、美しく、優しく、可愛い、私以外の魔法少女に会うため。
私を助けてくれたあの時の魔法少女のような、この世のものとは思えない、世界で一番尊い概念。
私はそれを探し求めていたのだ。
だからアビスを倒しに積極的に動いたし、その過程で他の魔法少女と共闘することも多かった。ところが一つ、問題があった。私はこれでも、結構強いらしいということだった。
私を守り、助け、庇ってくれる魔法少女などそこにはおらず、いつの間にか私がいつだって助ける側に回っていた。尊敬され、憧れられる側に、いつの間にかなってしまっていた。普通の魔法少女はそれを喜ぶのだろうが、私はどこか寂しく、空虚さを感じていた。
私はただ、追い求めているだけなのだ。私の心は弱い。ひとりぼっちで寂しい、可哀想な子供のままなのだ。
だから私は、今日も探し続けている。私だけの、美しい、天使のような魔法少女を。
現場のビジネス街に着くと、交差点の地面は十字に大きく割れており、地面から無数の触手が立ち昇り、逃げ惑う人々を地面に引きずり込んでいた。既に一人の魔法少女が交戦中で、大きい斧のような武器を振り回していた。
私はそちらに向けて両手を突き出すと、武器を呼び出した。
「デュアルファルコン!」
私がそう唱えると、両手に白い大型拳銃が現れる。当然、普通の武器ではない。魔法少女の、アビスに傷をつけることのできる特殊な武器だ。そのまま拳銃を連射すると、斧の魔法少女に後ろから這い寄って、ちょうど飛びかかった自律型の巨大なヒルのようなアビスたちを、空中で全て撃ち抜いた。
「おわわ、ありがと~!」
斧の魔法少女はそれに気づくと、斧を振り下ろして束になった触手を叩きつけるように斬り、そしてその勢いで自分の身体を空中に放り出した。そこからさらに斧を回転させ、前方のくるくると回るようにして何度もアビスを斬りつけ、倒して行った。
「サン・トパーズ、援護するわ!」
私がその魔法少女に近づき、そう告げると、斧の少女はよろめきながら、こちらを振り向いた。
「はれれ、目が回る~……ありがとう、トパーズ、私はオレンジガーベラだよ~」
目を回しながらふらふらとしているガーベラは、地割れした地面の縁に立っており、今にも落っこちそうだった。
「ガーベラ、何してんの? アンタ、落ちるわよ!」
「いやいや、だいじょーぶ。バスターアックスを使うとどうしても目が回るのさ~」
大斧を杖のようにして身体を支えるガーベラだったが、私はそのすぐ後ろに巨大なつぼみのような形のアビスが迫っているのに気づいた。
「危ない!」
私はデュアルファルコンを乱射しながら、ガーベラを助けようとそちらに向かって走った。しかし、大型のアビスが出て来た影響で、ガーベラの足元は不安定になり、今にも崩れ落ちそうだった。
「うわわわ!」
私は落っこちそうになっていたガーベラの手を間一髪で掴むと、自分の方へと引っ張り上げた。
「全く! 危ないじゃない! 何を考えているの」
私が文句を言ったその時手首にアビスの触手が巻き付いた。
「はっ……」
全身から血の気が引いていくのを感じた。私は中距離攻撃を得意とする魔法少女だ。力は弱いから、そもそも捕まらないように戦うことが必須だった。
「トパーズ!」
ガーベラが斧を持ち上げ、振りかぶる。ガーベラはどう見てもパワータイプの魔法少女だ。素早い動きは不得意……間に合わない。
その瞬間、猛烈な力で私は引っ張られ、地面の底へと引きずり込まれていった。
猛スピードで引きずり込まれながら、両側から肉の壁に圧迫され、私は意識を失ってしまった。
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