第3話 もう一人の魔法少女


 薄暗いネストの中は、湿気が高く、生臭い匂いが常に漂っている。ここを早く出たくて仕方がない。しかし、どこまで歩いても、この迷宮には終わりが無いように思えた。


「なあ、これ、一応コアに近づいているんだよな?」


 俺は不安になって、レイレイに尋ねた。


「ええ。でもその前に、ちょっと寄るところがあります」


「寄り道? いいね。俺もちょうど喉が渇いてきたところだった。コンビニか自販機があるといいんだけど」


「くだらないことを言わないの。触手の粘液でも吸っていなさい」


「うぇ……それはちょっとやめとく」


 服や体を溶かすような得体のしれない液体だ。飲んだらヤバいことになるに決まっている。


「ここですね」


 レイレイがそう言って立ち止まったところは、肉壁の一部が弁のように締まった形になっており、そこはまるで扉のようにも思えた。


「ここにコアがあるんだな?」


「いえ、違います。この先に別の魔法少女の気配があるのです。ついでだから助けてやりましょう」


「いや、ついでというか……それは助けて然るべきだろ」


 俺はバトンセイバーを構え、光の刃を扉に向けた。そして弁のあたりを切り刻むと、火花を散らして少し穴が開いた。

 すると周囲の弁がまるで逃げるように開き、ぽっかりと肉壁に人一人が通れるほどの穴が開いた。


「よし、開いたぞ」


 穴の向こうに入ると、そこは小部屋のようになっており、正面の壁の中央に一人の少女が捕らえられていた。

 その魔法少女は金髪で、その長いツインテールはくるくると螺旋を描いて縦ロールになっていた。目をつぶっており意識は無く、少しSFっぽいような白地に金の刺繍が入ったコスチュームを着ていたが、それも当然所々が溶かされ、扇情的な姿になってしまっている。


 正面の壁は全体がうねうねと蠢く触手に埋め尽くされており、少女の首筋、脇腹、二の腕など、至る所を不躾に、指の太さほどの触手が這っていた。

 少女の身体は粘液にまみれてドロドロになっており、微かな光を反射して艶やかさを強調されている。


「ほら、いましたよ。早く助けてあげてください」


「多分、俺は今、あの子の気持ちが世界で一番わかると思うよ。壁に埋め込まれる気持ちがね」


 先ほどまで磔にされていた俺は、胸を張ってそう言った。あの身体の外と中を同時に浸食されるような気持ち悪さを、少女も感じていることだろう。一刻も早く助け出してあげなくては。


「アビスが女性から受ける仕打ちは、男性とは比較になりませんよ? まさに生き地獄です。苗床になる前でよかったですね」


「はっ? 何それ。そんなことテレビでも言ってなかったぞ⁉」


「あまりに刺激が強いので、非公開情報でした。忘れてください」


「いやいや、魔法少女となった今、それ死活問題なんだけど?」


「ん……んぅ……」


 少女がかすかに呻いた。


 レイレイが言っていたことは気にかかるが、なおさらこの子を早く助けなければ。


 時々うなされるように呻いている声が聞こえてくることから、まだ息があるのは間違いないようだった。しかし少女に近づくと、その周りの触手達が威嚇するようにこちらにその先端を向けて来た。


 そして、一斉に、タイミングを示し合わせたかのように、襲い掛かって来た。


「うわぁっ!」


 驚いて飛び退くと、想像以上に長距離を跳んでしまい、自分でも驚いた。全ての身体能力が強化されている。ズザーっと滑りながらもなんとか転ばないように着地すると、飛び散った粘液が服を濡らし、顔にかかった。


 強化された身体のおかげで、触手達の動きも読めるし、素早く回避すれば難なく避けられた。それでもなお自分に届きそうな触手だけを、バトンセイバーで素早く切り払う。


 前の触手と同じように、先端を切断された触手達は痛そうにぶるぶると震えながら、ボタンを押したら引っ込む掃除機のコンセントのようにしゅるっと素早く引っ込んで行った。やはり気持ちが悪い。


「ふっ!」


 俺は素早く跳躍して、少女のいる壁に近づき、バトンセイバーで少女の近くの壁を何回か切り払った。ボトボトと触手の一部が飛び散り、粘液がジュージューと蒸発しながらはじけ飛ぶ。

 するとみるみる触手がその周辺から引いていき、少女の全身がようやく壁から現れた。俺は支えるように少女を抱き留めると、素早く後退してその子を助け出した。


 ひとまず、その小部屋から出て地面に降ろし、肩を叩いてその子を起こそうと試みる。


「おーい、君、大丈夫?」


「ん……あれ……」


「よかった。生きてた」


 少女はぼんやりと目を覚ますと、やがてはっとしたように意識を取り戻した。


「大丈夫? いや、災難だったね。気持ちはよくわかるよ、ほんとに」


「ん……私……きゃっ!」


 少女は自分自身の身体を見ると悲鳴を上げて、胸や腰のあたりを手で覆い隠した。粘液に溶かされた衣服は、腰や胸元、スカートの裾の一部が破れ落ち、元々露出の多い服をより扇情的に仕立て上げていた。


「ちょ、ちょっと。あんまりじろじろ見ないでよね!」


 少女は顔を真っ赤にして、そう訴えた。


「あぁ、確かに。ごめんごめん」


 何となくぼーっと眺めていたが、確かに不躾な視線だったかもしれない。少し目を逸らして、少女を視界から外した。


「あなた、魔法少女? ここはどこ?……そっか、そうだ。私、引きずり込まれて……」


 少女は記憶を辿り、どうしてここにきてしまったのか思い出しているようだった。


「アンタは誰?」


 俺はそう尋ねられて、思わずレイレイの方を振り向いた。事態は複雑なのだ。どこから話したらいいものやらと思ったが、レイレイが先に口を開いた。


「私はレイレイ。この子はブルーサファイアです。サファイアはまだ新米の魔法少女です」


「新人のブルーサファイアと申します。何卒よろしくお願いいたします」


 俺はそう言って綺麗にお辞儀をした。どうやらレイレイは、経緯を話しているのは時間の無駄だと思ったらしい。ならばこちらも話を合わせようと思い、挨拶だけを簡単にすることにした。


「無駄に礼儀正しい!」


 丁寧な挨拶に、少女は驚いていた。どうやら魔法少女同士の挨拶はもう少しフランクなものらしい。なじみがない業界だったので、いまいち感覚がわからなかったが、丁寧さが無駄になることはないだろう。


「そう……その、助けてくれたのよね? あ、ありがと。私はサン・トパーズよ」


 助けられたのが不本意なのか、複雑な顔をしながらも、トパーズと名乗った魔法少女は礼を述べた。


「ここ、ネストよね。そう……思い出したわ。私、他の魔法少女を庇って……」


 トパーズはどうやら、ここに至る経緯を思い出したらしい。

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