ティーバッグ

西順

ティーバッグ

 ティーバッグの紅茶を良く飲む。美味しい上に何より簡単に飲めるのが良い。ただ、家で一人で動画を見ながら、またはゲームをしながら飲んでいて思うのは、全国の皆さんはこのティーバッグ、何回くらい使うのだろうか。


 1回だと勿体ないし、3回だとみみっちい。私は2回使う派だ。まあここら辺は人それぞれだろう。何なら4回5回と、もうそれはお茶じゃなくてお湯だろうと言うくらいまで使う人もいるかも知れない。公式的には1回で飲むのに最適化しているらしい。


 何故冒頭からこんな話をするかと言えば、今日家に初めて彼氏が来るからだ。緊張する。掃除は奇麗にしたつもりだが、髪の毛か何かでも落ちていないだろうか。私は親や友人にどこか抜けていると良く言われるので、粗相をしないかとても気になる。


 彼氏が来るのにティーバッグの紅茶なの? と思うかも知れないが、彼氏との会話の切っ掛けがこのティーバッグの紅茶だったのだ。


 彼は普段からこのメーカーの紅茶を愛飲していて、大学にも水筒に入れて持ってくる程だ。それを匂いで言い当てた事で話が盛り上がり、ここまで持ち込んだ私を褒めたい。なので紅茶はこのメーカーのティーバッグの紅茶と決まっている。


 ではお茶請けはどうするか。紅茶に合うお菓子は様々あるが、甘い物が総じて多い。スコーンは定番だが、ティーバッグの紅茶の為にわざわざスコーンを買ってきたり、焼いたりするだろうか? 同様にマカロンも無い。あれは高いお菓子だから、ティーバッグの紅茶に合わせるイメージが湧かない。


 無難であれば王道のクッキーだろう。でもクッキーで良いのかな? ベタ過ぎない? いや、クッキーはベタだけど、紅茶を飲む時に無いのは寂しい。なのでクッキーは確定で、もう一つ何かお茶請けを出す方向に私は決めた。


 私が選んたのは一口シュークリームだ。大きいシュークリームも紅茶に良く合うお茶請けだが、初めて家に呼ぶ彼氏の前で、大口開ける勇気は私には無い。クリームが口の周りに付いたりしたら死ぬ程恥ずかしいし。でも一口シュークリームなら、その名の通りに一口でパクリである。ふふっ、我ながら完璧な計画。


 さて、初めて彼氏を家に呼んで何をするのか。ふふっ。エッチな想像はやめて欲しい。ゲームをするだけだから。今やっているRPGで、どうしても先に進めない場所があるんだよねえ。え? 棒読み過ぎる? まあまあ、付き合って1ヶ月も経っているので、どうなるかは神のみぞ知るって事。私にしては珍しくスカートをはいているしね。


 ピンポーン。


 来た!


「はーい!」


 心なしか声がワントーン上がっているけど、冷静に冷静に。平常心よ。ここで彼を逃したら私なんて一生彼氏出来ないんだから! でも顔がにやけてしまうのはどうしてでしょう。


 …………。宅配便のお兄さんだった。しかも重いミネラルウォーターのペットボトル24本入りを箱買いしていたのを忘れていた。普段であれば台所のすぐ横にでも置いておくのだけど、ワンルームでそんな事をすれば、彼氏にペットボトルの段ボールが丸見えである。隠さないと! でも今押入れの中は、私の服で溢れ返っているから、仕舞う所がどこにも無い。どうしよう?


 ピンポーン。


 へっ? もしかして今度こそ来た?


「は、はい。少々お待ちを」


 と私は重い段ボールを持って右往左往。心ここにあらずでそんな事をしていたものだから、


 ガンッ。


 とテーブルの角に足の小指をぶつけてしまった!


「いったあ!?」


 声を上げるとともに重い段ボールを手放した私。そう。その次に起こる事態と言えば、


 ドンッ!


 私の足に落ちる段ボール。その痛みに私は声にならない声を発していた。


「ぎゃあああああ!!」


「大丈夫!?」


 宅配便のお兄さんから段ボールを受け取った後、鍵を閉め忘れていたから、彼氏が大慌てで部屋に駆け込んできた。


 めくれ上がったスカートから、気合入れたティーバック丸出しで足を抱えながら床で転げ回る私と、心配する彼氏の目が合い、気不味い空気が部屋に流れた。


「…………見ないで」


「ごめん」


 回れ右して私から目を逸らしてくれた彼は、どんな気持ちだったのだろう。今日はもう解散にするから、明日の私、頑張って挽回して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ティーバッグ 西順 @nisijun624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説