第3話 推しとハンバーグ

 私が食事の支度をしている間、早瀬さんはシャワーを浴びた。


 憧れの早瀬さんが今、自分の部屋のシャワーを浴びている現実がまだ信じられない。彼女の服を洗濯機に入れて、代わりに私のワンピースを用意した。


 それにしても、早瀬さんの服はずいぶんと汚れていた。


 こんな夜まで稽古をしていたというけれども、いつもこのパーカーを着ながら稽古をしていたのだろうか。稽古場でも練習をしているはずなのに、それにくわえて自主稽古もしなくてはいけないなんて。


 考えてみれば、私は早瀬さんのことを何も知らない。

 早瀬さんって、本当はどんな人なんだろう?


 夕食は作り置きのハンバーグとお味噌汁とごはん、そしてサラダにすることにした。ハンバーグを作り置きしておいてよかったと心の中で思う。


「うわー、いい匂い」


 食卓の準備をしていると、早瀬さんが浴室から出てきた。


 私のワンピースを着ている。推しが自分の服を着ているのに加えて、湯上がりの早瀬さんの姿が色っぽくて、どきどきしてしまう。


 早瀬さんは食卓に並ぶ料理を見て、目を輝かせる。


「わあ、おいしそう。宮沢さんって料理が上手なんだね」

「そ、そんなことないです。これくらい誰でもつくれます」

「いやいや、あたしは玉子かけごはんくらいしか作れないし」


 早瀬さんは冗談交じりに言うと、「おなかぺこぺこ」と食卓に座るよううながす。なんだか小さな子どもみたいな姿を見て、つい笑顔が浮かんでしまう。


「いただきまーす!」


 早瀬さんは勢いよくハンバーグを食べ始める。


「わお、おいしい。こんなにおいしいハンバーグを食べたのって初めてかも。早瀬さんって本当に料理が上手なんだね」

「……あ、ありがとうございます」


 顔が熱くなって、なんと返事をしていいかわからなかった。

 目の前で自分が恋している相手が幸せそうにごはんを食べているだけで、うれしさと緊張から自分が何を食べているかわからなかった。


「ねえ、ハンバーグのおかわりってある?」

「は、はい。まだ作り置きがあります。もっと食べますか?」

「うん、ありがとう。最近あまり食べてなかったから、おなかぺこぺこで……」


 早瀬さんはおいしそうに次々にハンバーグを食べていく。


「宮沢さんってすごいね。料理もできるし、部屋はきれいだし。理想の女の子って感じ」


「そ、そんな……! 私に比べたら、早瀬さんの方がずっと素敵です……! 私と違って舞台ではあんな輝いてて……」


 慌てて両手を振ると、早瀬さんは苦笑した。


「あたしができるのは演技ぐらいなんだよ。料理も苦手だし、部屋の片付けも苦手。お母さんがたまに部屋に来るんだけど、いつも片付けろって叱られるんだ」

「は、早瀬さんにも苦手なものってあるんですね……」


 舞台では誰よりも演技力も華もあって、高校時代はいつも同級生たちに囲まれていたから、なんでもできるイメージだったから、苦手なものがあるなんて意外だった。


「あはは。あたしの部屋は絶対に見せられないね。きっと宮沢さんに幻滅されちゃうね」

「げ、幻滅なんて絶対にしません!」


 私にとって早瀬さんは、いつだって理想の女性だ。


 舞台で輝いている彼女も同級生たちの中心にいる彼女も、私にとっては理想の姿だった。あんな風には私は決してなれない。

 舞台で輝く彼女の姿を見るだけで、私の人生もほんの少しだけ輝く気がした。


「私はずっと早瀬さんに憧れてました。ずっと早瀬さんみたいな明るくて輝いてる女の人に憧れてたんです。だから、高校時代から早瀬さんは、ずっと私の推しなんです!」

「…………」


 顔を赤くしながら告白すると、早瀬さんは食事の手を止めた。


「あたしを推しにしなくても、宮瀬さんには宮瀬さんのいいところがあるよ」

「そんなことありません! 私は早瀬さんとは違います。友達もほとんどいないし、人見知りだし、早瀬さんみたいに明るくないし、全然違います!」

「…………」


 早瀬さんが悲しげにお味噌汁茶碗を見下ろしている。


「……早瀬さん?」


 何かいけないことを言ったのだろうかと不安がわき上がる。

 ふいに早瀬さんは顔を上げて、私に微笑みかけた。


「ねえ、宮沢さん。ごはんの後、少し散歩しない?」

「……え?」

「宮沢さんに話したいことがあるんだ」


 早瀬さんはただ微笑んで私を見つめる。

 その表情の意味がわからないまま、私はただうなずいた。

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