第3話 領主家
「領主家の者に御座います、マーシ様、おいででしょうか?」
後になって領主家の上品な執事か家令がやって来て「トントン」と軽くノックしたのでドアを開けた。
「先程は迎えの兵士が失礼を致しました。マーシ様を丁重にお連れするよう申しつけていたのですが、衛兵や騎士団が自分達が退治できなかった魔獣を個人が倒し、余所者に顔を潰されたと思い込んでいて、領主からの命令内容も正しく伝わっていなかったようでして、無理矢理にでもお連れするよう勘違いしていた様子。重ねてお詫びいたします」
パーフェクト。謝罪までしてくれて、衛兵がデカイ面して偉そうに言った理由まで教えてくれて、領主は敵ではないとまで自分の態度で全て示してくれた。
「いえ、こちらこそ大人げない対応で申し訳ありませんでした。実はギルドの方は不眠症で退職しておりましてもう関係ありません。休暇無しで有休無し代休無し、眠れるのは移動中だけの生活をしておりまして、休み一切なしで暮らしておりました。本日も眠れないでアルコールなど飲んで吐いて過ごしていると、ギルドマスターが電話したり押しかけて来て「辞められないんだ」とか「責任問題だ」と言いまして「領主様に処刑して貰う」とまで言ったので遠慮させて頂き、雑魚の方は倒しておきましたが、ギルドとも関係ないので、これから寝させて頂く所でして」
「左様でしたか、領主も強要はしておりませんが、ギルドの冒険者以外の方でも、今回の栄誉に対しては表彰や報酬で答えたいと申しております。ご足労ですが一度屋敷までお出でいただけませんでしょうか?」
「はあ……」
こう言われると固辞もできないので、挨拶にだけでもお伺いする。
プロなんだからこういう対応してくれれば断れないのに、恫喝とか拉致とか暴力行使とか、戦いが始まると予想できない奴らばっかりなのでモメた。
馬車に乗せられ揺られ、寝てはいけない所で寝そうになって、多分領主の前とかでも寝てしまう。
領主家
「……ですので、私こそが指揮監督をして、ミスリルリザードを倒させた者なのでございます」
「はい、奴は以前から目を掛けてやって、私が育てたと言っても間違いございません。冒険者ギルドでも優秀で、書類仕事や態度や服装には問題がございましたが、今回の魔獣退治は私がやったも同然」
ギルドマスターとナベワタの奴が、呼ばれもしていないのに領主家で宣伝して、今回表彰されるのは自分なんだと食い下がっていた。
こういう嗅覚だけは凄まじい奴らだ。
「領主様、マーシ様をお連れしました」
「うむ、よくやってくれた。冒険者ギルドに所属しておきながら、周囲の村を救えなかったのには、恨み言を言わせて貰うぞ」
コイツら、また俺の辞表隠しやがったな? 俺は退職出来てないで、遅刻して欠勤した扱い。
「俺はとっくの昔に退職済みです。一か月前に通告して、辞表も出して受理されました。またコイツらが「無かった事」にして隠してるんでしょう」
ギルドマスターが口にチャックして、首振って俺に「黙っておけ」とジェスチャーしたけど、聞く必要なんかない。
「俺は休暇も貰えずに毎日働かされて、寝られるのは移動中だけ。それでも「書類提出しておいたぞ」と言われ、討伐対象者はこいつらの名前に書き換えられてて、もう受理されてるから書き換えなんかできない。手柄も報奨金も全部取り上げられました。毎日血塗れになっても洗濯出すのすら許されず「あんたの服はいつ見ても汚いなあ」と蔑まれて、受付嬢には「魅了」の呪文で呪い掛けられてゾンビみたいにコキ使われて、もう眠れない体にされて自律神経失調症。昨日も寝ようとしたのにドアガンガン叩かれて電話ジャンジャン掛かって来て「何で出勤してこないんだ? 遅刻だ欠勤だ」と言われて、ミスリルリザード程度のザコも倒せないギルドマスターやら金等級に馬鹿にされ続けて、毎日出勤してるのに欠勤だの遅刻だの付けられて、俺は使い物にならないゴミ扱いなのに、一度も出動しないで定時に帰る奴らにはごっそり高評価で……」
ギルドマスターとナベワタが実力行使で俺の口塞ぎに来て、俺も泣きながらグダグダで領主に言ってはいけないことまで言い、乱闘を始めたので領主に一喝された。
「やめんかーーっ! この恥知らず共めっ!」
「ホラ、お前が勝手な事言って偉そうにしたから、俺達まで怒られたじゃないか」
「そうだよ君、そういうことは実績作ってからでないと信用して貰えないよ」
「何を他人事のように言っている、恥知らずはお前達だっ!」
「「へえ?」」
永遠に理解できないようだから、もう理解して貰うのは諦めた。
「俺は周囲の村を見捨てて、眠れないだけで勝手に退職したんで、領主様に処刑されるそうです。俺はここに処刑されるために呼ばれたんですよねえっ?」
領主に向かって泣いて叫んだので、表彰するために呼んだはずの領主はとても嫌な顔をした。
「さあ、殺せっ! 俺はもう眠れない体にされたっ、生まれ変わる前も役所みたいな所で「お前は眠れないでこき使われて過労死で死ぬんだ」と宣告されて来たっ、殺せええええええっ!!」
さっきの執事の人まで泣きながら俺を取り押さえ、どうにか宥めすかして暴れる俺を領主から遠ざけた。
「分かります、分かりましたからどうかこの場は堪えて……」
頭が冷えてから昼食会とやらに引っ張り出されたが「平民如きが」「周囲の村を救わなかったクズ」とか言われ、ナベワタが無い事無い事言いふらした内容を信じてる人物だらけだったので、吐いて気分悪かったのとマナーも分からなかったので、ナイフにもフォークにも一切手を付けずに、死体みたいな顔で座り続けた。
執事さんも周囲の空気読んで気を利かせたのか、料理に手を付けるように言われたが「え? 毒殺するために呼んだんでしょ? これ全部毒ですよねえ?」とゲス顔で聞くと周囲がざわついた。
「国家防衛上、国防に対する安全保障上重大な問題がある人物呼んで、謀殺するために呼んだんでしょう? 殺せや、取り押さえて押さえつけて、毒料理無理矢理食わせて、泣き叫んで転げ回って死ぬところ見てゲッラゲッラ笑えや」
もう会場冷えっ冷えで、歓迎ムードゼロ以下のマイナス。
そのまま園遊会とやらにも引っ張り出されたが、「何故周囲の村々を見捨てて逃げて、自分が住んでいる街だけを救ったのか?」と問い質してくる勇気ある人物がいたので正直に答えてやった。
「いやあ、一日も休み貰えずに出張出張でコキ使われて、眠れないようになるまで働かされて、眠れるのは移動中だけ。次の日の定時にギルドまで戻れなかったら遅刻で、その日帰れなかったら欠勤扱いで、もし帰って来ても「もう報告書書いておいてやったぞ」って言われて、討伐者の名前書き変わっていて、椅子から一瞬も離れないで座ってた奴の名前に代わってて、もう受理されてるから修正不可。ミスリルリザードぐらいのザコ数えきれないほど倒してあるのに、「お前にはこんな奴倒せない、嘘をつくな」と言われて鉄リザードか普通のリザード倒した扱い。俺はゴミクズで役立たずなのに、ギルドマスターやおべっか使いだけは人の討伐取り上げてるから高評価。受付嬢ってのが「魅了」使いでしてね、ゾンビみたいに死ぬまで働かされて、他の奴らもボロ雑巾になるまで働かされて、実績はギルドマスターとおべっか使いの物、俺らはただの養分だそうですわ。今日もリザード倒せないで逃げた衛兵に殺されそうになったり、無理矢理拉致されて連れて来られるところだったんで殺しました」
「ヒイイッ!」
眼から黄色い汁流して、年末年始も盆もゴールデンウィークも働かされた現場猫みたい黄色い汁流しながら言うと、信じてくれる人物がいたようで、また会場がざわついた。
領主の私室
「よくも私に恥をかかせてくれたな、ただでは済まさんぞ」
「へっ、お前が好き放題暴れたから、やっぱり領主様から死刑にされるんだ」
「君ねえ、誰か君の言うこと信じてくれると思ったのかい? 園遊会でもやらかしてしまって、流石の僕でも救えないよ」
「だまれえっ! 恥をかかせたのはお前らだっ、受付嬢に魅了の魔法使わせて、眠れなくなるまで働かせたっ? 手柄は全部お前達が取り上げて、討伐者の名前書き替えて、ミスリルリザード倒しても嘘だと言って低級の物に書き換え、あらゆるものを奪って来たな? 儂の所に本物の勤務表が届いた、お前らが欠勤や遅刻などと鉛筆なめながら偽造した方ではないっ!」
「「ヘ?」」
「退職していない、退職できないとまで嘘をつきおって、お前達金等級が倒せなかったからと言って、銀等級に貶めた人物の家にまで押しかけてドアを蹴りまくる。それで倒させた人物からでも平気で手柄を横取りする、儂が一番嫌いな人種だ」
「そうですよねっ、退職できてないのに退職したと言って欠勤。出勤もしないで近くの村まで滅びちゃって、呼び出したのに逃げて、倒せと言っても倒さないで逃げて、倒してないのに俺達の手柄を盗もうとした」
「黙れと言っておるであろうがっ、お前は自分の記憶でも自由に嘘で書き換えられるのかっ? お前には恥というものが存在しないのかっ?」
「へ?」
ナベワタも転生者で、在日通名なので恥という概念が遺伝的に存在しない。
「今後わたくしが徹底的に管理を実行します、書き換えなど許さない、清潔な管理をお約束します」
「お前が書き替えて報告書偽造して、手柄盗んで来たんだろうがっ? 受付嬢に魅了使わせて、それでも足りなかったら阿片与えて働かせてきたんだろうっ? そんな奴に管理を任せられるとでも思いこんでるのかっ?」
「へ?」
ギルドマスターも、もしかしないでも転生者で、在日通名だから恥の概念が存在しないかも知れない。
「済まなかった、こんな上司の下で働かせてしまって。お主の手柄は全部返す、こいつらの全財産を没収してでも、今までの功績には報いる。だからギルドを止めないでくれぬか?」
「いえ、もう眠れないので辞めます。首を挿げ替えても、次にも要領がいい奴が来て、口だけは上手いから俺の実績を全部盗みだして、俺は最低のゴミクズでカスでいつも汚い格好して、使えない役に立たない冒険者にされるのがオチです」
「そうか……」
一人の人間が死んだ、眠れなくて死んだ。
「お前達には地獄を見て貰う、最前線送りだ。手足が吹き飛んで、それでも回復させて戦わせてやる」
「「へ?」」
ギルドマスターとナベワタは、犯罪者扱いで最前線送りで地獄行きらしい。
「いやああああっ! 助けてええええええっ! 死にたくないいいいいっ!」
ギルド員に魅了を掛けて働かせるのは重罪だったようで、受付嬢は取り押さえられて斬首刑相当。
狂ったように今までの犯行を自供し、「全部ギルドマスターに命令されてやった」のを強調したので、一緒に最前線送りにされて、邪眼は封印されて全員の肉便器で公衆便所の刑。
やる事ヤって金貰ってたんだから、死刑相当だと俺は思う。
「いやあっ、やめてええっ、許してええっ」
女が産まれたら次世代の売春婦、男が産まれたら売春宿で育った男など正常に成長するはずもないので、ローマ下水道と同じで嬰児大量惨殺事件発生。下水道には男の子の骨が一杯、プレイ。
何でも、ナベワタの奴も見栄えが良かったから「男の娘」デビューして、毎晩冒険者か犯罪者にケツの穴掘られて楽しんでるらしい。
「もうっ、許してっ」
「ひとり30秒だぞ~」
水木しげる戦争漫画集みたいに、激安ピー屋では、一人につき30秒らしい。
「金等級冒険者様よう、前列で俺達を守って~~ん」
「ぎゃはははははははははっ」
ギルドマスターもナベワタも、実力も無いのに金等級だから、最前線の最前列配置。
恐ろしすぎる魔物や魔獣に蹂躙され、手足吹き飛んだり眼球破裂すると、一本釣りで引き出されて、治療呪文受けて「ふりだしにもどる」。
自分で金等級にしたことを、さぞや後悔している事だろう。
こういう時は「ざまあ」と言ううんだっけ?
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