第20話
さて、と。
「葉菜。」
「……うん。」
「お前は、綺麗だ。」
すさまじく、な。
「……。」
「綺麗すぎるんだよ、お前は。」
「……。」
「星羅ちゃんがさ、おまえん家に行った時に、
お前ん家の母親を、「ふつう」って言ったんだよ。」
「……。」
「あと、な。
お前、髪、染めてないだろ。」
「……。」
「天然で、髪の色が亜麻色っていうのは、
お前の母親がそうじゃないと、ちょっと、おかしいんだわ。
隔世遺伝って可能性も、ゼロじゃぁないけどな。
それでも、「ごくふつう」ってのは、おかしいんだわ。」
「……。」
……やっぱり、か。
「……お前は、いつから知ってた?」
「……あはは。聞くんだ。
まーくん、ほんと、変わらないね。
……はっきりそうかな、
って思ったのは、小学生、かな?
……うーん。もうちょっと前かも。」
認めた、か……。
「……妙な聞き方になるが、
髪を染めようとは思わなかったんだな。」
「……。」
あぁ。察した。
認めなかった奴がいるんだ。
たとえば。
「親、か。」
「……うん。」
……自分の子どもに、面影を見てやがったんだ。
どうしようもねぇ色惚け野郎め。
子どもの立場なんて、考えてなかったってことか。
じゃあ、なんで。
って。
「まさか、離れ、か?」
「……あはは。
離れ、かー。
わたしは、まーくんと、離れたくない、な?」
……なんだよ。
話、強引に逸らされてるだけなのに、
仕草がめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。
あぁ。
色惚け爺の気持ちが、分かる。
可愛い。
葉菜は、凄まじく、可愛い。
美しくて、幻想的なくらい、儚くて。
奇跡的に整ってるものを、
染め粉なんかで、壊したくなかったんだな。
……だと、すると。
あまりにも残酷な現実が、浮かび上がる。
葉菜の義理の父親はもちろん、
葉菜の義理の母親にも、
葉菜を護る強い動機が、ない。
葉菜の家には、葉菜を護る肉親が、いない。
……だから、留美は、引っ越させたわけだ。
きな臭くなった時に、利に釣られて敵に廻る奴らだとすれば、
なんの助けにもならないどころか、致命傷になりかねない。
その、留美の心すらも、
敵に、囚われてしまっているなんて。
「まーくん。」
ん?
「大好き、だよ。」
……っ。
……なんだよ、急に。
「もう、言えなくなるかもしれないから。」
っ!?
……。
ああ。
そうかよ。
「んなわけねぇだろ。」
「……?」
「葉菜、お前は死なない。」
「……。」
「俺は、お前の夢を見てない。
郁美のも、留美のもな。」
「……ゆ、め……?」
「ああ。
お前が、死ぬ夢を見ても、
俺が、俺たちが、必ず助ける。」
「……。」
「だから、お前も助けてくれ。
俺たちは、一心同体だぞ。」
「……
ふふ。」
ん?
「まーくん、
るーくんみたいだよ?」
……は?
「だんけつー、とか
いっしょだー、とか。」
うぶっ!!!
た、確かに、
うぁぁぁぁ、うさんくせぇぇぇぇぇ……
「……うん。
わたし、信じるよ。
まーくんも、留美ちゃんも、いーちゃんも。」
……信じよう。
俺たちの、力を。
*
ぶーっ、ぶーっ
「留美ちゃん。」
「あぁ。」
ぴっ
「なにー?」
『あー。
葉菜、聞こえる?』
「うんー。」
『スピーカーにして。』
「うん。」
ぴっ
『あー、真人、
聞こえるー?』
「あぁ。」
『……ビンゴ。
いま、警察さんと一緒に、
星羅ちゃんの家、捜索してる。』
……当たった、か……。
「なら、お前はそこを離れろ。
情報だけ貰えるようにしとけ。」
『……うん。
わかったよー。』
「嘘つけ。」
『げっ。』
っははは。
ホントにコイツは。
「貸し1個、使う。
撤収して、郁美をサポートしてくれ。」
『んー。
だったらなん……
……いいや、わかった。
もともと、真人の勘だしね。』
勘でもねぇんだけどな。
ま、いいわ。
「くれぐれも慎重にな。
相手方に面、割れねぇように。」
『まかせてーっ。
あとで詳細送るねー。んじゃっ。』
ぴっ。
……ふぅ。
これで、星羅ちゃんの失踪は、裏付けられちまったな。
「……。」
心配か?
「……うん。」
だろうな。
正直、身内を危険に晒したくない。
……。
ただ。
ここで星羅ちゃん達を理由なく切ってしまうと、
その咎は、間違いなく、葉菜の一家に向かってくる。
物理的にせよ、社会的にせよ。
抹殺される雰囲気って奴を、俺は知ってしまっている。
割り切るしか、ない。
できる限り、周到に手を廻しながら。
……
こういう時、駒をすり潰せる連中ってな、
数しか考えなくていいから、気楽なもんだ。
そいつらの家族が、数の中に入ってることはないんだから。
……家族、か。
これが終わったら、
全員を棄てられない限り、選ばなきゃ、いけなくなる。
そうなったら、誓いを、破らなきゃいけなくなる。
……そんな妄想を考えられる環境を
引き寄せなきゃいけないんだがな。
ぶーっ、ぶーっ
って。
「郁美か。」
『うん。』
「そっちはどうだ。」
『……あたり。
揉みあった後があるって。』
完全な拉致じゃねぇかよ。
ったく、どういう……。
……ぁ。
……これ、まさか……。
だったら、すべてが、繋がる。
……おいおい、
マジ、かよ……。
『真人君?』
あぁ。
ってか、やるしかねぇのか。
「郁美。」
『うん。』
「顔、見られてないな。」
『……うん。』
ふだんの郁美の顔を思い返すと、心配になる。
ただ、コイツ、ステレスストーカーなんだよな。
……勝負所、だ。
虎穴に入らずに、虎児を得る。
中心を、震源地の先を、
額一発分、銀の弾丸だけで、射貫く。
「留美と合流したら、一緒に向かってくれ。
留美には、『はなれ』、って言えば分かる。」
『はなれ、だね?』
「ああ。」
『うん、わかった。』
「くれぐれも慎重に。
絶対に単独行動すんなよ。また連絡する。」
『うん。
あ。』
「ん?」
『なんでもない。
メール送るけど、
真人君だけ、ひとりで見て。』
「おう。」
ぴっ
……ふぅ。
「葉菜。」
「んー?」
軽く。
なんでもないように。
「これから、
おまえん家に帰るぞ。」
「……
うん。」
*
「お嬢様っ!」
おおぅ。
すげぇ言われようだな。
「お、お帰りでしたら、
お伝え頂ければ、準備致しましたものを。」
「いえ。
立ち寄っただけですので。」
おわ。
お嬢様モードんときは、ちゃんと喋ってんのか。
「お母様は?」
「……莉緒様は、生憎、外出中でございます。」
……当たった、か。
逆に罠を、疑いたくなるくらいだがな。
「そうですか。」
「……そちらの方は。」
「わたしのクラスメートですが、何か?」
「……いえ。」
……家の中の会話、ぜんぶこんな感じなのかよ。
家にいたくねぇっての、分かるなぁ。
……はっはっは。
これ、完全に当たりじゃねぇか。
それなら。
「葉菜。」
「んー?」
あら、急に。
って、周り、驚いてんな。そりゃそうか。
よし。
いま、だ。
「離れに行くぞ。」
『!?』
「……
うん。」
*
「お、お待ちくださいっ!」
無視無視。
こういうのは、無視しきってしまったほうがいい。
第一後継者の葉菜が突っ切ってる限り、手を出せないからな。
こいつらの行動に許可を与える奴が、
いなくなってるわけだから。
だから。
このふすまの先は。
「葉菜。」
「うんっ。」
すぱーんっ!
「………。」
……ふぅ。
予想通り、か。
誰も、いない。
……。
金庫が一つと、箪笥が二つ、か。
はっはっは。
家の者共、ガタガタ震えてやがるよ。
せいぜい、ご注進先に流してくれ。
そっちは今頃、警察が取り囲んでるんだからな。
こっちは葉菜がいるので、手出しできない。
武闘派は、全員、外へ出してしまったようだし、
警備担当者は、葉菜の命が無ければ、動かない。
障子屋の件で、完全に掌握しちまったらしいからな。
擒賊擒王、か。
震源地の先は、抑えた。
いまのところ、完璧だが。
ここは。
「待つか。」
「んー?」
「待つの、得意だろ?」
「うん。」
なんせ、このだだっぴろい家の中で、
ずっと一人だったわけだからな。
「葉菜。」
「ん?」
「留美が騙されてるって、知ってたのか?」
こんな結論、
真矢野留美なら、ごく普通に達する筈なんだがな。
「……。
留美ちゃんも、親、いないから。」
あぁ……。
やっぱり、か。
(あたしらには凄くいい人なんだけどね)
ガキの頃から、刷り込まれたのか。
だとすると、
やっぱり、葉菜のほうが、経験が深かったか。
それだけ、闇もめちゃくちゃ深いんだがな。
っていうか、コイツ、
生まれの親も、義理の親もそんな感じだったのかよ…。
あまりにも報われな過ぎるだろ……。
「留美ちゃんは、信じられる。
まーくんの次に。」
俺の次なのかよ。
幼馴染の歴史、長いだろうに。
「ねー、まーくん。
いつから、分かったの?」
はっはっは。
すっかり、元通りだな。
お嬢様モードしか見たことない連中が、目を白黒させてやがる。
「確信したのは、
お前が、離れのことを、誤魔化そうとした時、だな。」
「あー。
あれでばれちゃったかー、えへへ。」
葉菜は、離れに、
なにもないことを知っていた。
「あのね。」
「なんだ?」
「いーちゃん、たぶん、気づいてたと思う。」
「ほぅ。」
さすが学年三位。
あぁ、いまは二位か。
あ。
そういえば、郁美からメール、来てたな。
「ちょっと、ひとりでメール見るけど、いいか?」
「うん。」
ひとりだけ、か……。
あ、葉菜の奴、ちゃんと目、閉じてる。
そういうところ、律儀だよな。
「もうちょっと、かな?」
はっはっは。
なんだよ、その可愛さ。
殺人級かよ。
「少し待ってろ。
……。」
えっ、と……?
!?!?
こ、ここまで、辿り着いていたとはな。
俺と、同じ結論に。
俺よりも、明確な、書類上の証拠つきで。
ってか、この病院資料、どうやって手に入れた?
法令、大丈夫か?
……マジ、すっさまじい調査力だ。
郁美、とんでもねぇ奴だな……。
留美は、究極、芸術側だ。
そうは見せないようにしてはいるが、
女優になろうと思っていただけあって、最終的には、感性を選ぶ。
だから。
「留美の奴、実際に、
生きている時の
「うん。
いつも、見てたよ。」
その悪印象を更新しなかった、ってとこだろうな。
あの婆が痴呆症になるなんて、みたいな感じか。
手に余り過ぎる情報を不確定のまま持ち続けるなんて、
ローティーンのガキにできるわきゃねぇんだよ。
「いまは、どこにいるんだ?」
「んー。
わかんない。
出て行っちゃったんだと思うから。」
全て、察した。
徘徊、だ。
そして、連れ戻しに失敗。
沢名家の事実上の惣領が、そうなっていることを、
周りが、言えるわけがなかったんだ。
おそらく、急速に進んだんだろう。
施設を用意する時間も、説得する暇すらないくらいに。
これほどの名門家の惣領が、
どこかの山中で、身元不明遺体として、
処理されているかもしれないっていうね。
保護責任者遺棄、まして致死となれば、
葉菜の義父と義母は、最悪、刑事責任を問われかねない。
その間に、暴行沙汰でも起こしていたら。
……それで、離れにはいくな、と。
惣領家一族総出で、隠蔽を図っていたことになる。
ただ、それだけだと、
どうにも不自然な点がある。
たとえば
!?
ま、さ、か。
それ、なら。
(そちらには行かないで下さい、と、
沢名さんの御家の方にかなり強く釘を刺されたわ)
この、意味は、
がらっと、変わる。
……よし。
それなら。
「葉菜。」
「ん?」
「……分かったかも、しれない。」
星羅ちゃんは、ヒントを出していたのだろう。
きっと、そういう人だろうから。
「葉菜。
地球上で、お前にしか、できないことがあるぞ。」
「……うん。」
ばたんっ!
「真人ぉっっ!!!
……って、
こ……これ、はぁ……?!」
「……だ、だれも、いない??」
留美と郁美、か。
ベストタイミングだな。
「作戦が、決まった。
皆、俺の言う通りに動いてくれ。」
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