第21話
「……葉菜、
これは、なんの真似だ。」
自分が発注した警備担当者に、
取り巻かれるってな、どんな気分だろうな。
ここまで来ると、クーデターの一種だな。
「
お、こう喋れるんだよな、葉菜って。
慣れねぇなぁ。
「私は、
「……。」
ポーカーフェイス、か。
無表情とも言うな。
ピリピリしてんなぁ。
当人たち以上に、周りの圧が凄い。
警備員二人が葉菜の傍に付いてなければ、襲い掛かってきそうなくらい。
さて、と。
「憚りながら。
身に覚えがないならば、お伺いします。」
「君は、誰かね。」
「野智真人。
荻野辺工務店様と、御社の仲介をさせて頂いた者です。」
「!?
……そうか、君が。」
「ええ。
さて、茶番はここまでに致しましょう。」
「……?」
「最も、これからお話頂くこと次第では、
さきほど、葉菜さんがお伝えしたような結果になりますが。
端的に申し上げましょう。
会長より、沢名莉緒さんを、離縁されますか。」
「……どういう意味かね?」
「その上で。
沢名昌子さん殺害の容疑で、告発致しますか。」
「……!
……何を、証拠に。」
もうかよ。
もうちょっとがんばってシラを切ろうよ。
なるほど、これはグループ会長としては頼りねぇなぁ。
「では、逆にお伺い致します。
沢名昌子さんは、いま、どちらにおられますか。」
「……。」
「少なくとも、離れにはおられませんでした。
警備担当者に、葉菜さんが証言を頂いたところでは、
過去2年間、この家におられたことを見た者はいないと。
同じく、警備担当責任者より、
沢名莉緒から、この件について、
緘口令が出されていた旨、証言があったと、
真矢野留美さんより、ご報告を頂いています。
家人、従業員は皆、
保護責任者遺棄致死の共犯になる。
会長には、
そのようなお話が上がっていたのではありませんか。」
「……。」
肯定も否定もせず、か。
言質を取られない程度には交渉に長けているようだ。
そこは褒めるべきだろうな。
「沢名莉緒が、沢名昌子さんを殺害していたとすれば、
事案の様相は一変します。
少なくとも、会長や、沢名家の他の方々が、
不当な法的責任を負われることはないでしょう。」
「……。」
あ。
心が、動いちゃった顔してる。
曲がりなりにもグループ企業の会長が。
残念なくらい、打算的な関係になっていた、ということか。
……そういや、子ども、作ってないもんなぁ……。
うわぁ。
家の人の空気まで、めっちゃ変わったわ。
この爆弾、効きすぎてこぇぇな……。
そんだけ、日常的に脅されてたってことか……。
ふつうに考えりゃ、そんなわけないのに。
まぁ、分かるけど。
沢名昌子は、曲がりなりにも一グループの事実上の惣領だった。
親族達や会社関係者、司法当局や報道関係者、
その他有象無象から隠し続けてきた期間が長いほど、
沢名莉緒の魔術が、恐怖感で増幅し続けたわけだから。
それこそ、
いまの、いままで。
「……
証拠は、あるのかね?」
「勿論。」
「!」
ないんだけどね。
郁美のやつがあるけど、傍証に過ぎない。
正直、郁美の情報を元に、警察さんに組織的に手堅く調べて貰ったほうが固い。
だから、
もっと喫緊の必要性がある、こっちを打つ。
「その前に、二つほど。
ひとつですが、高森星羅さんをご存知ですか。」
「……。」
知らん、とは言わないわけか。
グループ会長としては顔が正直すぎるな。
それとも、わざとか?
「高森星羅さんは、私達の高校の担任で、教育熱心な先生です。
そして、沢名葉菜さんから見て、義理の従姉となります。」
これが、郁美が送ってきた資料B。
戸籍謄本3本からの逆算。
要するに、徘徊した挙句、殺されてる婆の姉の子ってわけだ。
しかも。
「古い言い方で申し上げれば、不義の子。
いま風に言えば、シングルマザーでしょうか。」
「……。」
沢名家まわり、爛れ捲ってんなぁ……。
まぁ、旧家のほうが、こういうこと多いっていうけどな。
誰が誰だか分からんとか。将軍家の大御所は子ども100人いるとかだな。
「高森の名字は、再婚相手の方ですね。
なかなかできた方だったようで、
高森先生は、しっかり教師をされておられます。
生徒からの信望も篤いですよ。」
「……。」
で。
……ま、使わずに勝つべき、か。
使わずとも勝てそうだしな。
だから、こっち。
「そして、もうひとつ。
光澤昇君。
葉菜さんの、異母兄弟ですね。」
「……。」
おー、ポーカーフェイス維持、か。
こういうタイプの感じなのか。
んじゃ。
「たったいま、
お二人とも、殺害されました。」
「っ!?」
あら、表情は出るわけだね。
なら、この嘘はいらんかった。
「殺害されそうになった、ですが。
前段階としての拉致は、警察で確認されています。」
正確には、星羅ちゃんのほうは、拉致監禁と強姦が狙いであって、
すぐに殺すつもりはなかっただろうけれども。
「御当主。
ご存知でしたでしょうか?」
「……
知らな、かった。」
うわ。
こういう奴か。引くわー。
んでも、今回、
俺らはこのムーブに乗るわけだよ。
少なくとも、一端はね。
「詳しくは警察に委ねられるでしょうが、
高森星羅先生を襲った犯人グループと、
光澤昇君を襲ったグループは、別々の目的で、
相互に連動していたと考えられます。」
連携はしていない。
おそらく、相互に敵対し合っている。
ただ、片方はどうにもプロっぽい。
そして、いま、流す必要はない。
「……。」
「そして、
光澤昇君の襲撃を指揮したのは、沢名莉緒。」
プロっぽくないのは、こっち。
早まったとしか言いようがない。だから、尻尾を出した訳だが。
ここまで慎重にやっておいて、なんでとは思いはするが、
俺らとしては、この流れ、乗らないわけにはいかない。
「……。」
「改めてお伺いします。
ご存知でしたか?」
「まったく。」
「計画段階でも、ご存知なかった?」
「ああ。」
「沢名莉緒から、
御当主に話を洩らされたことは。」
「ない。
あの女の、独断だ。」
……うわ。
器量、ちっちゃ。
そのセリフ、言わんでもよかったと思うよ?
「もし君の言っていることが真実ならば、
大変遺憾に思う。」
偉い人?
あ、偉い人だったわ。
「わかりました。
では、沢名莉緒との離婚届はこちらですね。」
「!」
沢名莉緒女史、相当の演技派だったようで、
健治氏に向かって、片側を書いて押印した離婚届を
ちょくちょくちらつかせてたようなのだ。
つまり、惚れていたのは、この地味顔の当代御当主のほう。
ま、俺らから見たらふつうの顔の女狐でも、
健治氏から見たら、若い女だもんね。当然かもしらんな。
で。
「ご署名と、捺印を。」
それを、使うわけだ。
脅しを、現実にしてやるまでで。
「……ああ。」
……終わった、か。
案外、あっさりしてたな。
ご当主、悪夢から醒めたような顔をしてるな。
なるほど、頼りねぇなぁ。
あとはすべて、掃討戦に過ぎない。
御当主から経理責任者に命令を出して貰い、
神原莉緒の私有財産の使途の流れを掴み、そこから割り出しを掛ければ、
二日もかからずに、相手方の実働部隊の所在は把握できてしまう。
そこからは、警察さんのお仕事だろうな。
日本の警察の殺人事件捜査力を舐めるべきではない。
特に、大都市周辺の地方都市においては。
正統性を、甘くみたな。
騙すなら、騙しきるべきだったのに、
甘い汁の源泉の傍を、自ら離れるなんてな。
傲慢さと、短慮が、お前の死の原因だよ。
一生お目にかかることのない神原莉緒さん。
おそらく、神原莉緒の力能は、魅了か、恐喝だ。
家人や従業員だけでなく、留美ですら囚わせてしまったような奴と、
好奇心だけで対峙するなんて、バカバカしいにも程がある。
もし、直接対決に持ち込まれたら、
仮に葉菜を護れたとしても、留美は、間違いなく心を壊された。
もう二度と、人間を信用できない身体になっちまっただろう。
最強の悪魔を誘き出して避け、ラスボスの呪いだけを解く。
攻略法としては、これが最良だった。
聊かうまくいきすぎたきらいはあるが。
……ふぅ。
あとは、警察さんに任せてしまおう。
あのふとっちょ警部なら、何か対応を考えるだろうしな。
はぁ……。
色仕掛け、マジで怖ぇなぁ……。
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