第3話
俺の保証人は、目立つ。
濃い目のサングラスに、かりゆしを少し地味にしたようなシャツ。
それすらも板についてしまう。芝居やってだけあるわ。
血縁上は、俺の従兄弟に当たる。
20歳以上離れているが。
「真人。
お前、いつのまにぜんぶ喋っちまうスタイルになったか。」
「考えて貰う側なんだから、隠してもしょうがないだろ。」
別に隠すようなことでもない。公然の秘密という奴だ。
それに、猶次郎は、これで結構口が堅い。
でなきゃ、ガキの頃の俺が信用する訳がない。
「そうだけどよ……。
距離感ってな、おっもしれぇもんだなぁ。
で、お前、俺にどうしろってんだ?」
「なんか思いつくかと。
作家だし。」
「元作家な。
生涯収入の1/1000もいかなかった。
三冊しか出版できなかった哀れなピエロだ。」
「そういうのいいから。」
「ったく……。
ま、下から事をやりそうなのは、
その子のイケメン幼馴染君って感じだな。」
「下から。」
「ああ。
で、当事者に激怒されて終わる。」
「……。」
いかにもありそうすぎて頭が痛い。
双谷の端正な顔が崩される絵が瞬時に浮かんでしまった。
あぁ。
だから、あの二人は、双谷に隠したいんだ。
そうなることが、分かりきってるから。
あの二人は、幼馴染を護りたいんだろう。
双谷のほうは、護られているとも知らずに。
「こんなもん、上からやるしかねぇだろ。」
「上から。」
「ああ。
沢名家は、まぁ、このへんじゃ名の知れた家だし、
許嫁っていうのも、同じくらいの家だろうな。」
沢名の許嫁と目されているのは、
地元では大手にあたる建設会社の社長の息子だ。
名は確か、東郷清明。
「よりによって駅ビルかよ。
ったく、めんどくせぇなぁ。」
この街に長く住んでいる猶次郎がしかめ面をしたところを見ると、
このあたりでは著名な家なのだろう。沢名家よりも。
「ただな、真人。
上には、必ず上があるんだよ。」
*
一か月後。
猶次郎は、本領の図太さを発揮した。
元作家の猶次郎から、疎遠になっていた編集者へ。
編集者から、取材先の御成大出身者へ。
御成大出身者から、二つの繋がりと貸し借りを経て、
東郷建設の元請け会社、
中堅ゼネコン荻野辺工務店の三代目社長、荻野辺淳二氏へと。
「……世界ってな、狭いねぇ。」
荻野辺氏は、猶次郎が受注していたWebデザインの発注元でもあった。
「対等とはとてもいえねぇが、
ま、こっちも隠し玉、持ってんだわ。」
相変わらず、この従兄弟は底が知れない。
…でなきゃ、俺の命を、預けられない。
「で、ガキの遊びにここまでやったおれに対して、
真人は何をしてくれるんだ?」
「何も。
強いて言えば、
見なかったことにしてやるくらいかな。」
「おまっ。」
眼に見えて動揺した。
知らないと思ってたわけか。
こういうトコ可愛いよな、ほんと。
「……どうしてそれをっ。」
たまに、本当に預けてていいのか不安になるけど。
「……ってか、感謝して欲しいくれぇなんだけどな。
運用益だけで元本近くいってんだから。」
度胸と胆力はある。
いい加減な輩だけど、でなけりゃ
ただ。
「種銭を無断で運用してよく言えるな。」
それは、それ。
「だいたい、俺には無配のつもりなんだろ?」
そもそも、俺の金じゃないんだけどな。
だから余裕でいられるのかもしれない。
「……ったく、お前って奴はぁ……。
ほんと、ガキの頃から可愛げのねぇ奴だったよ。」
でなきゃ殺されてたんでな。
「ま、いいわ。そんな奴じゃねぇと、
こんな大それたこと、やろうたぁ思わねぇよ。」
お膳立てしたのは全部あんただろうが。
思ってたよりずっと派手にしちまいやがって。
*
「野智君。」
あぁ、小林か。
ほんと、
「進路のプリント、出してくれる?」
進路、か。
「すまん。
すっかり忘れてた。」
「もう。」
「めんどくさいんだよな、大学の名前書くの。
進学、って出すだけならすぐなんだけど。」
「適当に書けばいいのに。」
「星羅ちゃん、真面目だからな。
しっかり調べてきそうで。」
もう35歳だってのに。
名前、歳に応じて変えられるわけじゃないからな。
「……ふふ。
なんか、助かるなぁ。
野智君は変わらなくて。」
「お前も大変だな。
クラス内、ちょっと剣呑としてるからな。」
「……あはは。
お気遣い、どうもありがとね。」
三日前。
沢名と真矢野と双谷が、喧嘩した。
公衆の面前で。
(……なんだよ。
ふたりとも、僕に、隠してたってことかよっ!?)
なんてことを皆の前で言っちゃう奴だから、
隠してたんだろうな、二人とも。
止めに入った
そこに珍しく
クラス内第一派閥のツートップとして
クラスを裏からまとめていた真矢野が使えなくなったので、
第三派閥の長でしかない小林はかなり負担を感じているだろう。
「あはは、派閥って。
変な感じだけど、ローンウルフの野智君が
そういう見方をしてるのって、ちょっと面白い。」
結果としてそう見えただけだ。
第三派閥には化ける前から雨守が入っていたから、
化けた後の雨守を小林達が護ってくれる恰好になってる。
そこんところは感謝はしてる。
「……でも、葉菜ちゃんの許嫁の話、
どこまでほんとなの?」
そうか。
雨守は、小林に話してないのか。
じゃあ。
「俺に聞かれてもな。」
「葉菜ちゃん、野智君の元カノでしょ?」
「ちげぇよ。」
双谷に殺されるわ。
「あははは。
プリント、週末までにお願いね。」
…ったく。
*
「どうだ?」
「うん。
一通りはまとめて書き出しておいたよ。」
賢い。
ほんと凄いな、雨守は。
ごく普通にそのまま社会人になれる。
芸能界なんて絶対にお断りだ。
「助かる。」
雨守に発注したのは、荻野辺社長に関する事前調査。
中堅ゼネコンの社長ともなれば、
業界誌や関係雑誌のインタビューに出てくる。
三代目の社長として、若くして経済界の表舞台にいたなら、
表に出ているものだけで、情報量は豊富だ。
出身校、血縁関係、武勇伝、理想、交友関係、
趣味嗜好、家族像、起こした問題と解決手段、裏社会とのつながり方。
握っているもの、握られているもの。
端正で流麗な、思い切りの良い雨守の字。
関心を持った頃と変わらない、見惚れるほど美しい書体。
そんな器に映し取られた、赤裸々な事実達。
要領よくまとまった中身を、
猶次郎が発注した信用会社の調査書と照らし合わせながら、
受験勉強のように、細大漏らさずに頭に叩き込んでいく。
あいつらと戦っていた時のように。
「……ん?」
……ここに、こんな繋がり、か。
「雨守。」
「……うん。」
気づいてたか。
当然か。当事者だものな。
「大丈夫か。」
中学の時に自分を虐めてた奴の、名前が出てくるなんて。
「……だいじょうぶ。
もう、だいじょうぶだよ。
ありがとう、野智君。」
吹っ切れたように笑う顔の中身は、
いつも以上に、泣いているように見える。
雨守には、できるだけ心から笑っていて欲しい。
まぁ。
「狙うなら、ココか。」
ココくらいしかないからな。
一介の高校生が、大手企業の社長相手に貸しを作れるポイントなんて。
「……やっぱり、そう考えるんだ。
野智君らしいね。」
雨守は、本当に鋭く、勘がいい。
顔でも、声でもなく、その能力が欲しかったのに。
「その顔は、もう終わってるってことか?」
「えへへ、そうだよ。
野智君は、わたしを、だれだと思ってるのかな?」
珍しく勝気な台詞を吐いた雨守は、
いままで見た中では、一番影のない、澄んだ笑顔を向けた。
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