第2話
波乱の週の終わり。
学校が、休みなのに。
「おはよう、野智君。」
私服姿の雨守が、インターフォンの前にいる。
「入れてくれる?」
当然入れると思うあたり、コイツも強くなったもんだ。
ゴールデンウィークの頃には、玄関前に蹲って体育座りをしてたのに。
「ちょっと待ってろ。」
*
「済まんな、朝から。」
パンをトースターに掛けるだけじゃなく、
リンゴの皮むきと、生ごみの処理までさせてしまった。
「ううん。
わたしもご飯、食べてなかったから。」
コーヒーくらいは淹れてやらんと。
インスタントだけどな。
「砂糖、幾つ入れる?」
「み……、
その、ひとつで。」
みっつか。
「……あのね。
留美ちゃんから、連絡が来て。」
ん?
真矢野から?
「お前、真矢野と絡み、あったのか。」
双谷と沢名の幼馴染。
勝気で明るい茶髪娘として振舞い、
クラス内では、沢名と並ぶツートップと称されている。
全校でも、この二人と肩を並べられるのは数えるほどだろう。
俺は、真矢野とは縁遠い。
せいぜい、沢名との絡みで、存在は認知されている程度だろう。
「うん。
留美ちゃんは、みんなを見てるから。
早紀ちゃんとおんなじで。」
ああ、小林か。二期連続で委員長。
全然タイプ違うと思うが。
「いまのクラスの女子で虐めが起こらないのは、
留美ちゃんの力もあると思う。」
そんなものか。
わからんでもないけど。なんせ茶髪の元気印だからな。
「……それでね。」
砂糖漬けのコーヒーを口に付けてから、
雨守は、意外なことを言った。
「留美ちゃん、葉菜ちゃんのこと、話しておきたいって。」
沢名のことを?
「……うん。
……ほら、このあいだ、
野智君が、葉菜ちゃんを救ったでしょ?」
大げさな。
「ぜんぜん大げさじゃないんだけど。
そのあと、ちょっと、葉菜ちゃんに、聞かれたでしょ?」
(説明、してくれる?)
その直後、出動してきた警察に、
いろいろ事情聴取させられたので、有耶無耶になりはしたが。
あの時の沢名、マジでちょっと怖かったぞ。
「……で、野智君に言ってなかったんだけど、
あのあと、葉菜ちゃん、その、うちに来て。」
ぇ。
「……その、いろいろ、訊かれちゃって。
野智君の、夢の話とかも。」
はぁ?
「ご、ご、ごめんなさいっ!」
いや、まぁ……しょうがねぇか。
沢名は一見、おっとりしてっけど、本気モードだとそこそこ怖ぇ奴だから。
「……
その、それで、
……葉菜ちゃん、留美ちゃんに話したみたいで。」
あぁ、それでな……。
ん、だとすると、夢のこととかも言っちゃったってことか?
「……ううん。そこまでは伝えてないって。
葉菜ちゃんも、留美ちゃんにぜんぶ伝えてるわけじゃないから。」
……幼馴染なのに?
「幼馴染だから、だと思う。
でも、留美ちゃんも、
伝えられなくても分かっちゃうところ、
いろいろあるだろうから。」
なんだかよくわからんな。
「……あはは。
いいよ、野智君はそれで。
で、留美ちゃんが、伝えておきたいことがあるって。」
「お前に、か。」
「わたしに、っていうよりは、
たぶん、野智君に、だと思うけど、
野智君、嫌がるでしょ?」
嫌がりは……するな。
「双谷がついてくるからな、漏れなく。」
同僚だった沢名はともかく、真矢野とは縁を結ぶ理由がない。
「あはは、そうそう。
だから、わたしがしっかり聴いて来るから。」
そっか。
それは助かる。
「……。」
ん?
「どうした?」
「……ううん。なんでもない。
いいことなんだよ、きっと。」
*
日曜日の夕方。
二日連続で俺のマンションを訪れた雨守は、
昼まで逢っていたという真矢野との会話内容を要約して伝えてくれた。
まとめ方は的確で、情報の漏れもなかった。
流石は学年三位というべきだろうな。
しかし。
……なるほど、な。
真矢野が俺に直接話せないわけだ。
「沢名を狙った奴がいる、か……。」
夢は、事故の現場を映すが、その背景までは分からない。
青いジャケットと赤の蝶ネクタイの少年が解説してくれるわけでもない。
警察が沢名に説明した話だと、
突っ込んできた事故車は、70代の男性医師が運転していた。
純粋な物損事故と考えざるを得ないと。
ただ、真矢野はそうは見ていない。
そして。
「それを理由にして、
沢名との婚約を早めようとする奴がいるわけだ。」
同僚時代、沢名を俺が意識しなかった理由の一つ。
沢名の家は、地元では名の知れた名門で、既に約束された相手がいる。
「婚約はしてないらしいけど、
向こうのほうが勝手にって。」
「真矢野の視界ではそうなんだろうな。」
一年の時、一度だけ、放送委員会の面子で、
沢名の家にお呼ばれしたことがある。
俺の財産の過半が、彫刻一つで替えられる。
住む世界が違いすぎた。
沢名がうちの高校に来たのは、許嫁を避けるためでもあるが
代わりの候補を立てられないようにするためでもあるんだろう。
持たぬ者達とは違う論理が、沢名達が住む世界にはうねうねと蠢いている。
下手に弄ったら、逆ネジを食うだけだ。
「このあたり、双谷はどれくらいの解像度で理解してるんだ?」
「……双谷君、顔はいいんだよね。
運動もできるんだけど。」
察した。
「双谷、バスケの雑誌に載ってたんだってな。」
試合を華麗に演出するとかなんとか。
そのへんの掘られたアイドルよりもずっと絵になる奴だから、
雑誌的には美味しかっただろうな。
「そうそう。
バスケ部の女子とか、すっかり色めきたっちゃってて。」
小林以外、大してクラスのやつと喋ってない
雨守にまで伝わってるってことは、相当な広がり具合だな。
スポーツ誌とはいえ、メインを飾れる爽やかイケメン。
全校生徒が知る、バスケ部の次期エース。
だからこそ。
「沢名も真矢野も、双谷に隠したいと。」
「……うん。
たぶんね、どうにかしてほしいわけじゃないと思うんだ。
ただ……。
……野智君には、知っておいて欲しい。
葉菜ちゃんは、ただ、それだけなんだと思う。」
知っておいて欲しい、か。
ん?
「どうして沢名なんだ?」
真矢野ではなく。
「……あの二人、以心伝心だもの。
きっと、留美ちゃんがわたしに伝えるってこと、
葉菜ちゃんは、ぜんぶ、わかってて。」
……幼馴染、怖すぎるな。
「……で……。
その……ね……。」
雨守が、口の中に何かを籠らせ、項垂れながら、
冷めきった砂糖漬けの紅茶を啜った。
特に、夢を見たわけでもない。
いたって世俗的で、解決の難しい、俺の手に余る問題だ。
ただ、真矢野を通じて、
沢名が、伝えてきたということは。
(じゃあ、まーくん、だね?)
(わたしは、知られてもいいよ?)
(……、うん。)
「とりあえず、
子ども一人で考えたって、何か出てくるわけはないな。」
「……わたしもいるんだけど。」
あぁ。
そうだった。
「雨守。
お前、俺と一緒に考えてくれるか。」
「!
うんっ……。」
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