夢で見た、疎遠になったクラスメートを助けたら、修羅場がはじまった

@Arabeske

第1章

第1話


 「さわなっ!!」


 高速で突っ込んできたトラックに、

 驚いた顔で振り向いた亜麻色の髪の少女。

 次の瞬間、華奢な体躯は宙を舞い、無残に擁壁に叩きつけられた。


 スローモーションなんかじゃなく。

 交通事故の教則ビデオのように、一瞬で。


 物理的に捻じ曲げられた沢名の顔は血塗れになり、

 沢名の顔の一部だったものが、原型を留めずに目抜き通りの端に散乱していく。


 四車線から二車線に変わる路の端。

 小さな悲鳴、叫び声、騒めきと、車から降りてくる迷惑気な人々。

 

 亜麻色の髪の後ろに、朱殷色の溜まりが、

 現世の脆さを嘲笑うように容赦なく広がっていく。


 「さわな……っ……。


 なにもかもが、悪い夢のようで。


*


 「さわなぁぁぁっ!!!」


 はっ。


 ゆ……

 夢、か……。

 

 ……悪い、夢だ。


 ……夢なのに。

 夢だから、なのか。

 嫌に、はっきりと思い出せる。


 暴走したトラックに振り返った時の、驚いた沢名の表情も。

 撥ねられた瞬間の呆然と口を開けた姿も。


 なんで。

 あんなに短い時間だったのに。


 ……っていうか。

 なんでこんな夢、見た?


 沢名さわな葉菜はな

 元、。いまは、ただのクラスメート。

 話しかけられれば答える程度には顔見知りだが、

 それほど深い縁で結ばれてはいない。


 ……ただ。


 (あんたの、あんたのせいでぇっ!!)


 ……あれ以来、だろうか。

 その前から、なのか。


 ……

 こういう夢を、一笑に付せる人生を、送りたかった。


*


「おはよう、野智君。」


 雨守あまもり郁美いくみ

 

 俺の彼女、ではない。

 ただのクラスメートだ。


 たまたま家が通り道だった雨守が、

 通学時に声を掛けてくるようになっただけで。


「……だいじょうぶ?

 顔色、あんまりよくないけど。」


 すっかり垢抜けてしまった雨守だが、

 俺の前以外では、一部の女子以外とは、ほとんど喋らない。


 雨守は、声が高いことを、未だに気にしている。

 中学の時、女子から陰湿な虐めを受け、家族以外の人前で話すことを止めていた。


 俺が話せるのは、一学期で、席が近かったから。

 家が、たまたま通り道だったから。

 それだけのこと。


「また遅くまでゲームしてたの?」


 雨守の声は、、高い。

 甘く、跳ねるように耳に入ってくる。

 が出るのは、もう少し先なのだろう。


「いや、そうじゃないんだが…。」


「じゃあ、なに?」


 この声がたまらなく好き、っていう男子は結構いそうだ。

 一学期と違って、長い黒髪を整え、碧い瞳にはコンタクトを入れるようになり、

 沢名や真矢野に劣らない容姿を惜しげもなく晒すようになっている。


 虐められたのはのせいじゃないかと思うんだが、

 雨守が信じることはまずないだろう。

 俺としては、早くいい相手が見つかって欲しいと思ってるんだが。


 どうしようか。

 

 ……話す、か。

 疑われてもめんどくさいしな。


*


「……ふぅん、そっか。」


 事故の夢を見た、というべきだった。

 沢名の夢を見た、と言わなければ、もう少し話が早かったろう。

 つくづく順番は大事だ。なにごとも。


「……でも、

 野智君の夢だとすると……。」


 雨守には、以来、俺のことを話している。

 だから、話そうと思えたわけだが。


「なんで沢名の夢を見たのかが分からんがな。

 雨守の時と違って、今はそんなに沢名と絡んでないから。」


 いまの沢名は、クラスの幼馴染陽キャグループの一員で、

 真矢野と一緒にバスケ部の次期エースを囲っている。

 俺とはもう、縁がない。


「……そう思ってるの、野智君だけかもしれないよ。」


 んなことはない。

 それよりも、どうしたもんかな。


「……。


 わたしもいく。」


 ん?


「野智君、どうせ葉菜ちゃんを護るつもりでしょ?」


 ……あんなものを見ちゃったらな。


「野智君、双谷君のこと、苦手でしょ。」


 ……ニガテとまでは言わないが、

 まぁ、敬して遠ざけておきたくはあるな。


「あはは。わたしも得意じゃないなぁ。」


 顔だけはいいんだけどな、双谷そうや流都ると


「運動もできるんだけどね、双谷君。

 だから、野智君一人だと、葉菜ちゃんを誘いにくいと思う。

 わたしと一緒なら、双谷君も疑問を持たないんじゃないかな。」


 そうなのか?


「……一応、

 わたしと葉菜ちゃんは友達のようだから。」


 なるほど、

 それは好都合。


「……ほんと、野智君も大概だね。

 ま、いいけど。わたしから葉菜ちゃんに話してみるよ。」

 

 夢のことをか?


「さすがの葉菜ちゃんも信じないと思うよ。」


 まぁ、確かに。

 なら、なにを?


「葉菜ちゃんを誘ってみるほうだよ。

 わたしに任せて?」


 ああ、助かる。


*


「あー、まーくんだ。」


 街の本屋でばったり逢ったの体、な。

 棒読みがすぎるぞ沢名。一応、元放送委員だろうが。

 

 沢名葉菜。

 二~三年の間では、もっとも名の知られたアイドルであり、

 クラス内では、陽キャグループの癒し系天使枠。

 あんな夢さえ見なければ、かかわり直そうとは思わなかった。


 手入れの行き届いた亜麻色の髪が、やわらかに脈打つ。

 これが、これから緋色に染まる。


 それを、防ぐために。


「どーしたの?」


 学校の男どもを虜にした、

 甘く、丸みのある超絶癒し系ボイスで、まだ芝居を続けて来る。

 ただし、絶賛棒読みで。


「お前こそ、どうしたんだ。」


 いかん、こっちまでわざとらしくなってる。

 後ろからハラハラした眼で見てる奴がいるじゃないか。


「んーと、わたしは、

 いーちゃんと参考書を買いに来たんだけど。」


 雨守郁美のことを、

 いーちゃんと呼ぶのは、コイツだけだろう。


「まーくんは?」


 俺のことをまーくんと呼ぶのもコイツだけだが。


「奇遇だな、俺もだぞ。」


 っていうか、沢名、

 街の本屋で参考書なんか買う奴だったか?


 ああ。

 これ、俺が乗りやすくするため、か。


*


 三毛猫が死ぬ夢を見た。

 関わらなかったら、三毛猫が死んでいた。

 

 シャム猫が死ぬ夢を見た。

 関わらなかったら、シャム猫が死んでいた。

 

 コーギーが死ぬ夢を見た。

 関わらなかったら、コーギーが死んでいた。

 

 家の近くの爺さんが死んでいる夢を見た。

 関わらなかったら、爺さんの家に葬儀屋がやってきた。


 雨守の父親が、自殺する夢を見た。

 関わるつもりは、なかった。


 俺が、直接、関わったものに限って。

 夢が、替わることが、ある。


 だが。

 いつ、何を、どう変えれば、条件が変わるのか。

 トリガーコードが分からない。いささかピーキーに過ぎる。


 路を変えればいいっていうものでもない。

 背景を変えても、結果は同じというパターンもあった。


 トラックの来ない道を選んでも、

 軽トラやミニバンが突っ込んでくるかもしれない。


 だから、関わるしかない。

 その瞬間を、招き寄せた上で。


*


 雨守と別れた後、沢名とふたりで街をぶらつく。

 沢名葉菜の亜麻色の髪には、光溢れる大通りが似合う。


 「まーくん、なにかあるんでしょ?」

 

 「ああ。」

 

 確かに、なにかは、ある。

 ただ、事前に伝えられるものじゃない。

 

 「そっかー。

  じゃ、マックにでも行く?」

 

 「お前、もうちょっと考えろ。

  街のマックなんて行ったら、あっという間に知れ渡るだろ。」


 一緒に街を歩いてるのだって、不用心だと思ってるから。

 対外的に説明がつく範囲に留めたい。事案が事案であったとしても。

 

 「あはは、心配しすぎだよー。

  わたしは、知られてもいいよ?」

 

 「お前のイケメン幼馴染双谷流都に殺される。」


 「んー。

  そうかもね?」

 

 「お前な。」

 

 「あはは、んー、

  るーくんはちょっと、過保護なんだよ。」

 

 過保護、か。

 気持ちだけはわからんでもないな。こんな人気のある幼馴染を持つと。

 きっと、子どもの頃から、耳目を集めていたんだろう。

 

 「ねー、あそこ、入りたいなー。」

 

 ブティックかよ。

 

 「真矢野と行けばいいだろが。」

 

 「あはは、まーくんは相変わらずだねー。

  わたし入るから、ついてきてくれる?」

 

 しょうがねぇ

 

 な。

 

 っ!

 

 刹那。

 

 予測していなければ、

 準備をしていなければ、

 

 絶対に、跳べなかった。

 

 沢名の小さな後頭部と華奢な背中を抱きかかえ、街路樹側に飛ぶ。

 前頭葉が木の幹に激突する鈍い音の後ろで、

 瑠璃板が飛び散った短く乾いた破砕音が響き渡る。

 

 「……ってて。」

 

 やばいな、首、マジでごぎって言ったぞ。

 整骨院の世話になるしかねぇな。

 

 「……。」

 

 窓ガラスの破片が、そこかしこに飛び散っている。

 ブティックに突っ込んだ車は、俺でも知っている高級車のエンブレムだった。


 

 

 やはり、精度は、不安定だ。

 背景も、シチュエーションも、替わってしまう。

 

 でも。

 

 「怪我はないか。」

 

 助け、られた。

 

 「……まー、くん……?」

 

 沢名の、顔が、ある。

 飛び散ってもいないし、血も出ていない。

 手入れの行き届いた亜麻色の髪が、

 

 

 「やったね、野智君っ。」

 

 

 俺の腕の中で、びくっと撥ねた。



 「ああ。」

 

 いたのか、雨守。

 ま、こういうやつだわ。

 

 俺は、雨守に向けて、親指を立てた。

 黒髪を伸ばすようになった雨守が、泣き出しそうな碧眼で笑っている。

 

 やった。

 運命は、変わったんだ。

 

 「立てるか。」

 

 沢名は、少し大きな目をしばたせると、

 

 「……。

  ……、うん。」


 少し埃のついた顔で、解けたように微笑んだ。

 

 ……さすがに、学年一のアイドルと言われるだけはある。

 日の光が栗色の瞳に差し込んで、可憐さが際立ってしまう。

 なるほど、双谷が過保護になるわけだ。

 

 「……わたしもいるんだけど。」


 振り返ると、雨守が、不貞腐れた顔をしていた。

 なんでかはよくわからんが、機嫌が悪そうなことだけは分かる。

 

 「いや、これはだな。」

 

 「……、

  ねぇ、まーくんと、いーちゃん。」

 

 いつの間にか立ち上がっていた沢名が、

 制服の埃を丹念に払いながら、俺たちを交互に見て。

 

 「説明、してくれるよね?」

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