第3話 お兄ちゃん、お風呂入ろ!

「お風呂湧いたで」


「それでな、お兄ちゃん……」


「ウチと一緒に入らへん? 昔は二人でよく一緒に入っとったやろ?」


「『それは小学生の頃の話』? そやけど……、折角二人きりやねんし、久しぶりに甘えさせてくれてもええやんか」


「やったあ! お兄ちゃんはやっぱ優しいな。ウチは洗い物してから行くから、先入っといて。――気にせんでええ。洗い物はウチに任せといて。今日はお兄ちゃんの誕生日やろ。これくらいさせてえや。ほら、行った行った――」


「ふう。洗い物終わりっと。ウチもお風呂入ろ」


「お兄ちゃん、入るで~」


「……お兄ちゃん、あんまじろじろ見んといてや。恥ずかしいわ」


「そりゃ、一緒に入ろう言うたんはウチやけど……。恥ずかしいもんは恥ずかしいねん!」


「あ! ダメダメ、出んといて! ウチが悪かったから」


「……お兄ちゃん、ずるいわ」


「何がって、ウチばっかり恥ずかしい思いしとるやん。不公平や」


「せや、ええこと思いついたで。洗いっこしようや」


「ウチがお兄ちゃんの体を洗ったる。せやからお兄ちゃんはウチの体を洗ってや」


「どうしたんや、お兄ちゃん、顔真っ赤になっとるでぇ。ひょっとして恥ずかしいんか~? えへへ、これでおあいこやな」


「え? 本気!? いやいや、洗いっこする言うたんは冗談のつもりやってん!」


「ウチがホラ吹きや言うん? ……分かった、洗いっこしたろやないか。途中で恥ずかしいからやめて言うても聞かへんで、お兄ちゃん」


「まずはウチがお兄ちゃんの体洗ったる。――お兄ちゃん、すごく大きいな、体。洗うとこいっぱいや。こちょこちょこちょ。どうやお兄ちゃん、くすぐったいか」


「前は自分で洗うって? 何言うとんねん。ウチが全部洗ったる。――なんや、この硬いの……ビクッてしたで。自分で洗うって? なんや、急に恥ずかしくなったんか。ほらほら、どうなんや、ギブするんか? ん? なんかどんどん大きくなっとるな、これ――」


「きゃっ! お兄ちゃん、急に立ち上がらんとってや。石鹸の泡が目に入ったやんか」


「次はお兄ちゃんが洗うって? いいで。優しくお願いな」


「んっ。お兄ちゃんの手、気持ちぃな。大きくて、ごつごつしとる」


「ちょ、ちょっと急に『やめる』って、どうしたん? 背中だけやなくて、ちゃんと前も洗ってや」


「『無理』? 途中でやめるんはなしって、さっき約束したやん」


「『それでも無理』? ……しゃあないな。お兄ちゃんがそこまで言うんやったら、これでしまいにしたる。やけどその代わり、罰ゲームしてもらうで」


「内容はヒ・ミ・ツや。あとで言うから、覚悟しときぃ」


「二人で入ると、ぎゅうぎゅうやね、湯船」


「……そっち行ってもええ?」


「ふぅ~。お兄ちゃんの胸、硬くてたくましいなあ。背中からもたれても、ビクともせえへん」


「とくんとくん、とくんとくん――お兄ちゃんの心臓の音、やっぱり落ち着くわ」


「覚えとる? ウチが幼稚園の年長さんで、家族で海行ったときのこと。ウチはまだ泳げへんかったから、浮き輪でぷかぷか浮かんどった。お兄ちゃんは二年生でスイミングスクールにも通っとったから、浮き輪なしで右へ左へ思うがままに海を泳いどったなあ。ウチはお兄ちゃんに置いていかれへんように、見よう見まねで足をバタバタさせて、お兄ちゃんの後についていこうと必死やった。それでも全然追いつけへんかったけど」


「もうそろそろ帰ろか、いうときになって、大きな波がてん。今でもはっきり覚えとるわ。ウチは波にのまれて、浮き輪ごとひっくり返ってもうてな。自分ではどうしようもなくて、海の中に上半身浸かったままジタバタするしかなかった。息苦しくて、もうダメや思うたときに、お兄ちゃんが浮き輪ごとひっくり返して元通りにしてくれたんや」


「お兄ちゃんが助けてくれへんかったらウチ、今、生きてへんかったかもしれん。ほんまありがとうな。あのときウチ、泣きながらお兄ちゃんに抱きついたんや。そのときのお兄ちゃんの胸の音は今でもよう覚えとる」


「やからかな。こうしてると、めっちゃ落ち着くねん」


「お兄ちゃん、もう少しこのままでもええかな」

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