ヴィッキーが便所のスッポンを上段に掲げた

 ヴィッキーが便所のスッポンを上段に掲げた。腰を落とし、ややオープンスタンス(右バッターの場合、左足を背中側に引く)に構えた。

 そこから左足を高くピンと伸ばし、それを振り下ろすみたいに着地させ、スイング! 二〇一五年に打点王・四番打者として望郷レトルトスワローズの優勝に貢献した強打の内野手・肌毛山和人はだけやまかずひとのような力強いフォームだ。

 スッポンから水滴が飛んできた。

「うわっ、これトイレの水だろ!!」

「サッキ水洗イシマシタ」

「洗剤で洗え! スッポンでッ、素振りさせるならッ、洗剤で洗えッ!」

「も~、今の見てた? 水滴くらいで騒がないでよ」

 ヴィッキーが口をとがらせる。

「私が来た意味わかってる? 大投手だったあなたにスイングを見せる意味が」

「……俺に見せる意味?」

「もっかい振るからよく見てて」

 水が飛んでこない距離を取ってもう一度観察した。するとスッポンを振る前からヴィッキーの気迫が違い、中学時代は野球小僧のようなかわいい顔つきだったが今はバッティングの真理を求める求道者っぽさがある。そしてスイングはヴィン!と轟音がする。

「どう?」

「お前……高校でかなり練習したな」

「そう言ってくれるの薫だけだよ」

「?」

「ともかく昔からライバルだったあなたには成長を真っ先に見せなきゃいけないわけ。ライバルの礼儀として」

 小学生のころから一番近い目標として互いにしのぎを削った。

 国際大会ではチームメイトでヴィッキーが三番、アンディが四番、薫が五番を打って台湾やキューバと激闘した。

 ……だが薫には過去のこと。

 彼らはしきりにAVを映しに来てあーだこーだ言って居座り、野球を思い出させる。

 今の薫にとっては傷を指でグリグリされている気分だ。

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