見まわすと、雑草まじりの土のグラウンドが広がっていて

 見まわすと、雑草まじりの土のグラウンドが広がっていて、

「ここは多摩川の河川敷どす」

「……!!」

 薫は身震いした。多摩川といえば野球だ。

 関東有数のこの川の両岸は公営の野球場が数千面あり、少年野球、クラブチーム、一般の草野球が毎日使い、週末になれば応援も含めて二十万人がつめかける。薫も中学時代はここで練習した。昭和のころはさらにプロ野球の夜見百合よみゆりジャイアンツ、採用ホエールズ、吉報HAMファイターズが練習場を置いていて毎日がテーマパークのようだったという。

 けれどこの一角はバックネットもマウンドもない。

 左右が一〇〇メートル、奥行きが七〇メートルくらいの、四角いフィールドに見える。

 白塗りが剥げかかっている四角い鉄枠(幅七メートル、高さ二.五メートルくらい)が向かい合うように敷地の左右に置かれていて、見ているとなんとなく白黒のボールをそこに蹴りこんで得点王を目指したくなってくる。つまり……

「ここって……昔のサッカーグラウンド?」

「そうどす」

 漢字で「削靴」と書くサッカーは、平安時代に貴族の蹴鞠から派生し、渡離振ドリブル蹴戸シュウトなどにより東西の護居ゴヲルをめざす競技だ。靴底に鉄のトゲをつけたスパイクシューズが「土を削る靴」削靴サックヮと呼ばれてスポーツ全体の名前になり、歴史上、何度かブームになった。

 最後のブームは平成初期、プロサッカーリーグができて野球の人気を奪うかと思われた。

 だが一九九三年、日本代表チームが意外な逆転負けをするという「悲劇」があって一気にファンが離れた。

 そのころ作られた古いグラウンドが日本全国でここだけに残っているのだ。

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