「ご苦労だ、ミルチャ」

「ご苦労だ、ミルチャ」

「カタジケナイデス」

「退勤していいぞ」

「オ先ニ失礼シマス。明日モヨロシクデス」

「お、おい親父、なんなんだ」

「これはセントタイカップ女学院への入学が認められたって書類だ」

「はい?」

 聖タイカップ女学院といえば芸術、学問、政財界に超一流のOGを送りつづける最強の知的名門女子校だ。全世界がタイ女を知っている。日本の首相も数学のフィールズ賞もアカデミー主演賞も九人連続でここ出身だ。ちなみにタイカッ「プ」が正解であり、決してタイカッ「ブ」と間違えてはいけない。

「お前は今大事な時期だ。一人で島に籠っていたら青春の貴重な体験ができなくなる。だから女子高生になれ」

「最後だけおかしい!」

「お前なら女装できる。声が高くて背は低くて名前もそれっぽいし顔も母さんにそっくりだ」

「だからって女装しねえわ!」

「入学にはお前の拇印が必要だったが五歳のとき幼稚園で手形を押した『お誕生日おめでとう色紙』の指のところを拡大コピーしたらオッケーだったよ」

「ガバガバ審査! 楽○カードか!」

「さあ薫、帰って新生活の準備だ!」

 日本列島のある北を指さす誠司。

 父は狂ってしまったのか?

 いや、その顔は真剣だった。にらんだだけで経産省の次官が大を漏らし、どっかの大統領が靴をベロベロするという豪傑の目つきだった。

「……親父?」

「わしは本気だぞ。いつまでも逃げていられまい。日本で少しずつ慣れていけ」

「で、でも日本は、猫も杓子も野球だろ。赤ちゃんの最初のおもちゃが野球ボールで、野球の歴史が義務教育で、結婚祝いは夫婦めおとグローブで、死んだらバットと火葬される。そこに帰るのはまだ怖い」

 本作で描かれる日本はそういう列島である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る