薫は天才中学生ピッチャーだった
薫は天才中学生ピッチャーだった。身長一六五センチの体を大きく使い、最速一六五キロのボールを投げた。そのピッチングはプロ野球チーム・反共ブレーブスで一九七五年から七八年にかけて流星のごとく輝いた豪速球投手・
プロに入れば即活躍するといわれた。並の選手は高校を出るときプロに誘われるが、薫の中学校にはすでに各球団のスカウトが殺到し、「今すぐプロ志望を表明してくれ!」と校門前で土下座していた。
近い将来、プロの様々な記録をぬりかえる――
――はずだった。
なんとなくフグを、自分でさばいて食べて、大当たり。
昏睡から覚めたら右手の指が麻痺していた。
どんな手術や鍼治療、カメルーンの呪術師の祈祷を受けても治らない。
ボールをつかめない。手のひらに乗せて腕を振っても五メートルも投げられない。
あんなに来ていたスカウトがいなくなった。野球をやめた。日本にいたら嫌でも野球のニュースを目にするからバヌアツ共和国のエロマンガ島に逃げるしかなかった。
歯噛みしながら薫が聞く。
「親父、何しに来たんだ」
「……」
「わざわざエロマンガ島に、もっと大事な話をしに来たんだろ」
「そうだ。わしは予定を断って来た」
「聞かせてくれ」
「――お前は、四月から、女子高生だ」
「………………へ?」
目が点になる薫。
ズバざざあッッッ!
ものすごい速さで潜水艦がやってきたかと思うと砂浜にドリフトで乗り上げ、ハッチが開く。
王乃家の筆頭執事・ミルチャ(ルーマニア人男性、年齢不詳)が現れて、親子のあいだにザシュッ!と着地し、
「会長、持ッテマイリマシタ」
アタッシュケースから何かの書類を出して誠司に渡した。
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