第9話 橋の戦い

山の道先案内人。

その職務には、およそ大きく分けて3つの仕事がある。


1つ目は、献上品としての氷山厳花を採取するための案内。

あくまで道先案内であって、採取ではない。

下賤のものが触れては、献上品としてケチがつくためである。


2つ目は、山の管理である。

基本的には見回り業務を主として、山に変化がないかを確認する。


3つ目は、竜への生贄の提供である。

先祖代々、氷山厳花を頂戴する見返りとして、生きた野生生物を供える。

それは必ず、生きたままでなくてはならない。


カムリもご多分に漏れず、その英才教育を受けてきた。

山々には、あらゆる生物が息づいている。

その視線、気配、音。


カムリの父は、いつもよく言った。


「そのままに、あるがままに、感じなさい」


それは特別な力ではないと、繰り返し説いた。

見たものを、聞いたものを、感じたものを、人はそぎ落として、あるいは誇張して理解する。


そうではない。


そのままに、あるがままに、感じる。


黒髪の少年が、橋上をかける。

前方からの矢は休むことを知らず襲い掛かる。


軌道、速度に合わせ、弾き、叩き落とす。

それは児戯にしては、あまりに流麗で洗練された動きであった。


弾かれた矢が、水堀に波紋をいくつも広げる。

橋の半ばにいたった、その時であった。


大きな水しぶきが、まるで巨人が落ちたかのように立ち上がった。


「なんだ、、、っ!?」


カムリもまだ、その存在に気付いていなかった。

とっさに振り返ったとき、は崩れ去り、驚きという誇張に頭を支配された。

当然、放たれ続ける矢が、カムリの足を無慈悲に突き刺した。


「くっ、、、!」


崩れ落ちるカムリが仰いだ、その青空には鈍色に光る巨体が浮いていた。


「鮫だ!!くそっ」


古田が必死の形相でカムリの背を掴む。

もう片方の手では衣更の腕を。

そのまま前方へとほとんど崩れるように投げ出された。


橋の瓦解する音が、遠く山脈まで反響するように広がる。

吹きあがる水の柱は、城郭の上を飛ぶ鳥の羽を濡らすかと思われた。

鮫はその巨体でもってカムリたちを押しつぶさんとしたらしかった。


三人はお互いに被さり合うようにして、なんとか難を超えた。


「おい、大丈夫か二人とも」

「はい、私はなんとも、、、」


カムリは古田の問いかけにいらえず、橋に伏せながら、己のくるぶしあたりをさすった。

そこには間違いなく脚を貫いた矢があった。


「自慢じゃないが、俺は腕っぷしは強くねぇ。戻るにしても橋は壊されてる、、、」


古田はやはり、逃げの方策を考えざるを得なかった。

道はないわけではない。

鮫の動きは大振りだ。


__水堀は城の背後、海と繋がっている。

__あれはおそらく、城の防衛のために手懐けれらた、いわば番犬。


次にやつが襲ってきたとき、迷わず後ろに引けばいい。

少し泳がなければならないが、二撃目までには十分に間に合うはず。


問題は弓矢の連射である。

観察していて分かったのは、弓の補充のために、わずかの間隙があること。

ただそのタイミングと、鮫の強襲のタイミング。

その二つを見極めなければならない。

あるいは、弓の方は今少し、カムリに無理をしてもらう。


そこまで考えて、古田はいけると確信した。

ここは死地ではない、僅かに見えた活路がそう思わせた。


ただ、その遁走とんそうの策はすぐに二つの事柄で放棄することになる。




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