第6話 ふきのとうの契り
カムリと
日にして1週間ほどである。
馬などは貧しく、持っていなかった。それに普段は山を登るのに必要がなかった。
城下町につく頃には、二人は疲れ切っていて泥のように眠った。
ゆえに旅籠屋で迎えた朝はなお清々しかった。
カムリが外で水を浴びていると、衣更もまた起きたようだった。
「なんかね、宿の人たちにすごいじろじろ見られてる気がするの、私たち」
「僕もそう思った」
僕たちが棒のようになった足でたどり着いた、とりあえず最初に目に入った旅の宿。
しかし、宿代を払うときも、異質なものを見るような目で見られているのに気づいていた。
「やっぱり田舎者だからかなぁ」
僕はその辺に詳しくない。衣更姉もさほど変わらないだろう。
「なんか昔来た時よりも、町が大きくなってる気がする」
と、衣更姉は濡れた顔をそのままに辺りを見回した。
その横顔は少しふっくらしていたが、それでもやはり柔和で綺麗だった。
ただ、少しやつれたような、疲れたようにも見える。
、、、1週間も急いできたから疲れたのかな。
僕は少し心配になりながらも、その不安は暖かい日差しに影となって見えなくなっていった。
通りでは井戸から水を汲む者が見え、長屋からはご飯を炊く煙が幾筋もあがっていた。
「それで、永啓様にはどうやって会うつもりなの?」
僕のもっからの問題はそれであった。
魔女を竜のもとに連れていかなければ、カムリの食い扶持がなくなる死活問題であった。
そもそも、永啓様が魔女であるというのは風の噂でしかない。
なぜなら、彼女はまだ戦ったことがない___。
「まずは正攻法でいくしかないと思う」
「正攻法?」
「お願いする」
そこで衣更姉は口をあんぐりとさせ、
「ええ、、、なんかトンチのきいた方法はないわけ?」
「だってどんな人かもわからないんだもの、やってみてまずは向こうの出方を見るしかないよ」
そんなことを二人で言いつつ、動き始めた腹の虫を満足させるために朝食に向かった。
朝食にはふきのとうの天ぷらが出た。
その優しく包まれた緑を見るたびに、僕は涙をこらえなければならなかった。
「ふきのとう、もう生えてきたよ」
「そう、全部とっちゃだめよ、次のが生えなくなるから」
「分かったよ、みんなで食べる分だけ」
「そう、過ぎてもだめ、足りなくてもだめ、ちょうどがいいの」
母は膝をついて、僕の目をしっかり見て言った。
僕は母の食べ方が好きだった。
まるで音を楽しむように、拍に合わせてたんたんと小さな口に食べ物を運ぶ。
一口は小さく、幸せそうに。
その朝食の音が、母の生きる音が、まだそこかしこに聞こえるようでつらかった。
ふきのとう。
取りすぎてはいけない。
僕は取り残されたそれで、母は刈り取られた。
そう思うと、箸が急に重くなった。
気が沈んで底についたとき、まるで空気を求めて水面に
「てめぇこの
「だってぇ、これおいしいんだもの、けちくさいわね」
熟れた桃のように丸く、頬のあかぎれた女が若い男にしなだれていた。
「味噌づけはくれたじゃない、なんでこんなに怒られなきゃいけないのさ」
「貴賤の分からない奴め、俺はふきのとうの天ぷらがこの世で一番好きな食べ物なんだ。歯で衣を剥いだときの、このしなやかさ、上品であるにも関わらず質素さと強さを持っている。しかしながら力を加えていけば折れてしまうような脆さ、愛らしさ、そして何よりそのみずみずしさ。お前のようなババアとは違うんだ!!」
場に乾いた音が響く。
それは口の中ではじけるふきのとうの音を大きく拾ったようだった。
僕は、その元服したばかりのように見える男の熱弁が、妙におかしくなって少し笑ってしまった。暗い記憶を思い出していた反動だろう。
女は男をぶって、そのまま外に飛び出していった。
僕らに向かっていたような奇異を見る目は、今度は彼に注がれていた。
旅籠に従事している女が、その視線の網をかいくぐって彼に近寄った。
「
と言いにくそうにして、
「
「はっ!ここが売春宿なんてことは誰でも知ってらぁ、体裁なんて気にしても身を助けてはくれねぇってよ」
「お前、さっき笑ったな?」
「いえ、、、」
と僕がいいかけたとき、衣更姉が勇んで間に入った。
「なんだよお前、
嫌な、ねめつけるような眼差しだった。
が、衣更姉は意にも介さず、というよりは歯に胡麻がはさまったような顔をして、
(、、、相手って何?喧嘩?喧嘩売られたの私?それとも羽根つきとか?今お正月じゃないよ、、、?)
小声で僕に聞いてくる。
僕の方といえば、この宿に泊まったときに感じた不可解な目線の正体がわかって、今すぐここを出なければと算段を立てているところであった。
「てめぇら、何いちゃついてやがんだ」
男がいきり立って衣更姉に今にもつかみかかろうとしていた。
僕はとっさに、
「いえ、僕もふきのとうが好きなもので、感銘を受けたのです」
笑った理由にしては苦しかったが、男は虚を突かれたらしい。
「ほう、それは話の分かる。さすがに綺麗な女を連れてるだけあるな。将来有望なこった」
「それで、こちらを差し上げようと今話していたのです」
僕はふきのとうの乗った皿を差し出す。
これで引いてくれと思ったが、男はまた不快を隠さなかった。
「おいおい、俺にもう掌を返させるなよ。己の好きなものを人に譲る。それは美徳じゃねぇ。何が何でも手中に収めんと欲するのが男ってもんだ」
直情的に見えて、案外難しい男なのかもしれないと思った。
僕は口を止めたらまずいと、言葉を継ぐ。
「いえ、本当ならば自分で食したいのです。しかしながら、、、しかしながら、、、こうも思うのです。大才は袖すり合った縁をも生かす。あなた様は凡夫にあらずと見受けられます。私としては、このふきのとう一つで兄という
取り繕った言葉、そのほつれを探すように静かになった男だが、すぐに明るい笑顔になった。
「俺ほどではないが、お前も口が回るな。それに兄か、悪くない。俺は兄弟がいないからな」
そういって差し出された皿をあえて恭しく受け取った。
「兄弟の盃ってな」
古田というその
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