テスト中なのに死ぬほど腹が痛いんだが!?

らっかせい

控えめに言って地獄

「ぅッ」


 聞こえてくるのは、シャーペンで文字を書く音か、問題冊子をめくる音のみ。


 そんな空間の中で、俺はマスク越しに口を抑えながら小さく悲鳴を漏らした。


 国語の試験が開始して五分、俺は腸が破裂するのではないかと思えるほどの腹痛に見舞われている。


 特に今は、特大のオナラがしたくてしょうがない。

 『ブツ』の方も問題だが、ひとまずガスさえ排出すれば多少はマシになるはずだ。

 しかし、この静寂の中で目立つような真似は避けたい。

 まだ高校に入学してそこまで日が経っていないのだ。変な印象を抱かれたくない。


「……ふぐッ」


 俺はまた小さく悲鳴をあげる。

 波のように定期的に襲ってくる特大の痛みが辛い。


 腸の中に溜まった空気がここから出せと暴れ回っている。

 俺の事情なんてお構いなしだ。


 テスト時間は五十分。とても耐えられない。

 ならば、赤点を回避できる分だけの答えを書いた後に、試験監督の先生に言ってトイレに行くしかない。


 点数は低くなる。本来の実力なんて到底出せない。

 だが、今の俺にとっては赤点を取るか取らないかのみが重要なのだ。

 赤点のボーダーラインである30点よりも低くなければいい。

 赤点じゃないなら30点も100点も実質同じようなものだ。 


 俺はゴロゴロとなる腹を時折左手でさすりながら、大問一の評論文を読んでいく。

 

 視界が狭まっているのがわかる。

 高校入試の時よりも頭がまわっている。

 俺は今、極限状態により覚醒している。


 ……なにの、なのに、なんで答えが分からないんだよ!

 

 評論文が頭に入ってこない。

 十六年の人生の中で一番集中してる筈なのに、痛みで思考がまとまらない。

 文字がただの記号に見えてくる。

 単語の意味がわかない。


 クソ、なんで評論文は日常で見ない言葉を使うのがこんなに好きなんだよ!

 それに、変に小難しい言い回し使いやがって!

 傍線部の作者の考えはどこに書いてあるんだよ!


 ——進まない。分からない。適当に解答欄を埋めてしまいたい。辛い。しんどい。この痛みから解放されたい。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 痛みで呼吸が荒くなる。

 俺の顔はさぞかし苦痛に歪んでいることだろう。

 テスト中でクラスメイトは俺の顔なんて見ていないだろうが、それでもマスクを着けていて本当に良かったと思う。

 それだけで心が少し楽になる。

 顔に苦痛の色を全面に出せるだけで、何故か痛みが和らぐような気がするのだ。


「ふぅーーー」


 このままじゃダメだ、一旦落ち着こう。

 分からないものは分からない。そう割り切るしかない。

 考えたらどうにかなるのかもしれないが、腹痛がそれを許してくれない。


 足を組み、前屈みになる。

 少しでも痛みを軽減できる姿勢をとる。

 ここが、ここが、ターニングポイントだ。


 俺は死に物狂いで与えられた文章を読み、歯を食いしばりながらシャーペンを走らせる。


「はぁ……はぁ」


 極限の集中状態。

 どれだけ時間がたったのか分からないが、評論、小説を解き終えた。

 記号問題は全て埋めて、『何十文字以内で書きなさい』といかいうクソ問題は全て飛ばした。


 遂に到達した問題用紙の最終ページ。

 俺は最後の漢字問題に入る。


 漢字はただの暗記だ。

 考えなくても書ける、埋められる。

 ここで点を稼ぐしかない。

 少しでも、少しでも赤点になる可能性を減らすんだ。


 元々暗記ものは得意だ。

 頭の中に答えとなる漢字や読みがスラスラと思い浮かび、解答用紙に書いていく。


 書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて——そして、終わった。


 俺は耐え切った。戦い抜いた。

 埋められたのは六割ほど。

 その中には自分の直感で適当に書いた記号もある。

 だが、だが、十分だ。

 後は、天に祈るだけだ。


 俺はシャーペンを静かに置き、手を挙げた。

 天に向かって真っ直ぐと、小学生並みの挙手で先生を静かに呼ぶ。


 先生は俺が手を挙げてることに気づき、ゆっくり近づいてくる。

 

「どうしました?」

「ト…トイレ行ってもいいですか?」

「これ以上解答できなくなりますが大丈夫ですか?」

「は……いッ」


 まずい、気が抜けたからかブツの制御が疎かに……。

 出ちゃう……やばい。


 先生がゆっくりと頷いて、俺の解答用紙を回収する。

 俺はそれを横目に見ながら席を立ち、教室の後ろのドアへと向かう。

 

 早足で、されど足音を出来るだけ立てず、若干の前傾姿勢で廊下へと出る。

 

 廊下に出ると俺は走った。

 お尻の門を筋肉で精一杯閉じながら、何とか男子トイレに到着した。


 俺はすぐさま洋式トイレの扉を開け、中に入り、扉を閉め、鍵をかける。

 便器の蓋を開け、ベルトを外し、ズボンを下ろし、パンツも下ろして、便器に座る。


 開門かいもんだ。


 俺は、そっと力を緩めた。

 それは、まさしく雪崩なだれだった。

 バチャバチャバチャと、水たまりの上でタップダンスを踊るかのような軽快な音が鳴り響き、ブツが排出されていく。


 ——地獄が終わった。


 

 

 

 

 


 

 


 



 


 

 

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