第6話 ダグラス騎士団長
王女殿下の公務で、第三王子と共に地方に訪れていたときのことだ。
王都の北側にサタゲナン公爵領という、大きな資金力のある領がある。冬は厳しいが、針葉樹の森と銀鉱山を含む山々に囲まれた資源豊かな土地だ。王国に三つある公爵家の一つが治めていて、現王妃の生家でもあった。
表向きは冬越えの慰労と豪雪による被害の視察。しかしこの冬は雪も少なかったと聞いている。つまりこの旅は、王女殿下にとって婚姻前の祖父母への挨拶を兼ねているものだった。
久しぶりに会えることを喜び、すこし浮き足立つお二人が可愛らしい。血のつながった家族も良いものだなあとほっこりしていた。
だからまさか、来訪を歓迎する雰囲気の中で暗殺など血生臭い出来事が起こると思わなかったのだ。
この日は王女殿下の護衛として第三師団の私が所属していた小隊と、第三王子殿下の護衛としてダグラス隊長が率いる第二師団も別途小隊を編成し勤務していた。
私の上司はリュシオン卿という侯爵家出身の騎士で、綺麗だけどなんだか胡散臭い狐顔の男だった。
もちろん私や平民である試験入隊組のことはよく思っていない。嫌われている。というか、同じ人だと思っていない印象を受ける。
わざわざ荷を積み替えてでも、貴族の女性隊員の負担を減らす為にこちらに無茶な量の荷物持ちをさせてくるような人だ。
「自分の補給食を自分で持たずに動くなんてどうかしてら」
「全くだ」
同僚からはそんな声も聞こえた。
確かに、可能性は限りなく低いけれど、強襲などがあって単独行動する羽目になった際はイチからのサバイバルだ。荷は降ろしても、要らぬリスクを自ら背負いにいっているのは理解し難い。貴族出身の隊員は全員、何かあったら守られ探索される側の人間だったから違和感を感じないらしいが。
ちらりと隣を見れば、第二師団の新兵達が先輩隊員に監視を受けながら野営の準備をしている。平民も、貴族も分け隔てなく。
斥候がてら見回りをしてくる。そう言ったはずなのに、すぐ木陰で水分補給をしている自団の貴族たちをみて、その差に肩をすくめた。
「このまま、何も起こらないと良いが」
「アリア、駄目よ口にしたら」
変なまじないがかかるんだから。そう言って同じ試験組の同僚、デイジーが首を振った。
栗毛のポニーテールが揺れる様を何となく目で追い、川辺の対岸を見上げた時だった。
キラリと見えた光が、視界の端に映る。
「殿下っ」
私はその正体を確認する前に、丁度馬車を降りようとしていた王女殿下の元へと走った。
「御免!」
「きゃあっ」
少々乱暴に侍女と王女を馬車内へ押し戻し、扉を閉める。馬車の上を赤く塗られた矢が一つ飛んで行った。危なかった。
振り返り構えた先には、馬車の周りを囲む同僚達と、対岸から弓矢や杖をつがえる野盗が十数名見えた。
木陰から「敵襲ーッ!!」と叫んでいるのはリュシオン卿だ。魔法が使える騎士達も馬車から距離がある。防壁詠唱を唱えているが、野盗は次の矢を引いていた。明らかに間に合わない。
肉壁になろうと試験入隊組が馬車前で密集する。
中には火矢もあったことから、私も馬車に飾ってあった紋章入りの飾り盾を手に取り、扉の窓を塞ぐように身構えた。
「撃て《てぇ》!」
その時、両翼から蒼い魔法弾が飛んだ。川の上を弧を描く事なく、真っ直ぐにはしる十本程の光の帯。
ダグラス隊長の太い掛け声と同時に、第二師団から放たれた水属性の魔法弾だった。こんな時で無ければ、綺麗だと賞賛したくなるような統一感だ。
追いかけて青白い光も放たれた。涼しい空気が頬を撫で、デイジーの髪を揺らす。私たちの背後、馬車後方周りを陣取るのも、第三師団ではない。これまた第二師団の面々だ。
先行した水魔法で被弾した野盗に、氷魔法が追い討ちをかける。濡れた足場へ氷で固定され、悪態を吐く相手をようやくこちらへ着いた第三師団の弓兵が射っていった。
「全員殺すな! 情報を!」
そうダグラス隊長が指揮していたのに、我が隊の弓兵は無視して殲滅する。多すぎる矢の数にリュシオン卿とダグラス隊長こ間で疑惑の火花が一瞬散ったが、カッと目を見開いたダグラス隊長がまた一つ吠えた。
「七時の方向! 撃て!」
リュシオン卿の背後、岩壁上から騎乗した野盗が五人迫っていた。
馬の嘶きと悲鳴が砂塵と共にこちらへ転がってくる。試験入隊組は対象方位を広くとり構えた。リュシオン卿のいた場所は視認できない。だが、ギイン、と剣撃の音も混じり始めた。
魔法の撃ち漏らしがいる。
「隊長、流石に剣は持ってたよな」
ボソリと試験入隊組の最年少者、アルがこぼした。
ハッとして目を凝らすと、やや晴れた砂塵の間から短刀で戦うリュシオン卿がいる。腰にあるはずの、長剣の鞘が無い。
信じられない思いで皆唖然としていると、黒い隊服がケープをはためかせて間に入った。他のものよりも幾らか重い、剣が風を切る音。
ダグラス隊長だ。
そこからはあっと言う間だった。
三人残っていた野盗を切り倒し、魔法で倒れていた二人を捕縛する。リュシオン卿とはひと言会話した様だが、苛立った様子でリュシオン卿が離れて行った。
感情が昂っているとは言え、指揮もしないまま賊を放棄するなんて。と恥ずかしく思ったが、ダグラス隊長がそれを補ってくれた。同僚達も素直に指示を聞き、テキパキと動く。
事態の収束をみて、馬車の小窓を開いた。
「殿下、もう大丈夫です」
飾り盾を戻し、笑いかける。
侍女と共に息を潜めていた殿下が、ほうと肩の力を抜いた。
本当ならば移動したかったところだが、もう夜も更けていた事から厳戒態勢で夜を越した。
第二師団は斥候に賊の足跡を追わせたようで、朝方まで隊長テントからは話し声が絶えなかった。
あの赤い矢と賊が乗っていた馬の筋肉から、十中八九どこかの部隊だろうと予測していたけれど、その場での詳細な情報公開は無かった。
リュシオン卿とダグラス隊長の剣の実力は実はそこまで差はない。というのも、大剣を扱い殲滅戦を得意とする剛の剣のダグラス隊長に対して、リュシオン卿の得物はレイピアと、都市部の対人戦で強味を発揮するため、活躍する場面が異なり判断が難しいのだ。
昇級についてはそれぞれ検挙した回数やら地道な勤務態度やらで点数評価なされていたらしい。そして二人の内容は均衡していた。
だがこの日、そのバランスが大きく崩れることになる。
恐らくは襲ってきた者とその背後にいる者の情報と、王女殿下もしくは王子殿下が第二師団の活躍を見ていたことが決定打だったのだろう。
一般の騎士と役職および階級を持つ騎士の人事は混乱を避けるために少しズレている。
ダグラス隊長が第二師団の騎士団長に就任し、第三師団の団長は現行の者が継続された形で、リュシオン卿は昇級しなかった。
その後の荒れようはお察しの通りである。
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