第5話 鬼の第二師団隊長との出会い


 王国の軍部には、王と王妃付きの第一師団、王子付きの第二師団、王女付きの第三師団、治安部隊や警備隊として第四から第八師団が存在する。


 衛生兵や工務兵などはまた別に部署が建てられ、庶務や総務、広報および会計などは国の運営も合わせてそれぞれの部署内に軍運営担当が配置されることで業務分担をしているそうだ。

 ざっくりとしか理解していないが、大きなお金が動き、また多くの人が勤めている勤務棟が軍部と共に王宮に隣接した敷地にある。

 そんな敷地内の樹々に若芽が芽吹き始めた頃。

 恐らく虐めの一環として、他の隊の軍訓練所を掃除していたときのことだ。


 会計庶務が別れているため、訓練などで壊れた物をまとめ報告書を作成したら、まず総務へ申告する。どのような状況で何をいくつ破損したのか。とくに紛失については細かい内容を説明する必要があった。

 過去に武器を他国へ横流した事例があったとかなんとかで。


 そのため、マニュアル化されているとはいえ、定期的に細かい書類をつくる必要があり、元スラム上りの文盲であった私には業務ボリュームの大きい仕事で、担当の日は朝が億劫だったものだ。

 単なる清掃など、体を動かす仕事は得意なのだが。


「この程度も書けないなんて、今後に響きますよ」

「練習の機会を与えるわ」

「正確に報告するのよ」


 私の気乗りしない様子を見抜いていたのだろう。あまり快く思われていない先輩隊員からよくそう言って仕事を押し付けられた。

 当時の私は、食べ物の争奪戦などする必要のないお嬢様達が無意味な意地悪をしてくるとは思わなかったし、貴族の完璧な笑みが隠すもの本音を見抜く事が出来なかった。したがって言葉通り、自分の為になるしと考えを切り替えて取り組んでいた。

 ちゃんと残業手当も貰えたので、身体的には時間を拘束されても全く問題なかった。先輩達お嬢様方は屋敷から馬車で通っていることから、宿舎住まいの私が残業するのはとても合理的だ。とさえ思っていた。


 ミミズがのたくったような字のそれを数時間かけて書き上げると、大体いつも終わるのは日が暮れた後になる。もう新卒の二等兵達の鍛錬も終わっているだろう。若く、大食漢である彼らの後に、夕食が残ってるといいんだけど。


 そんなことを思いながら訪れた中央棟で出会ったのが、ダグラス隊長だった。


「……!、失礼しました!」


 ちょうど出てくるところだったのだろう。大きな人影がドア無しのアーチからぬっと現れて内心驚いたが、入り口前で道を塞いでしまったことに、反射的に謝る。

 速やかに脇へ避けて、敬礼でその人が過ぎ去るのを待った。

 ちらりと走らせた視線の先には黒い隊服に、銀のモービル。マントの留め具が宝石付きだから、隊長格だ。小敬礼じゃなくて正解だった。

 あとはこのまま小言を受け入れつつ過ぎ去るのを待てばいい。はずだった。


「……顔を上げなさい」


 ついてない。と、内心舌打ちする。


 空きっ腹を宥め尽かしつつ、短い返事の後、私の頭二つ分は上にある顔を見上げた。

 短い黒髪にダークブラウンの瞳の男前だが、左頬から顎先にかけて大きな傷がある。この方が先輩方が言っていた鬼軍曹ダグラス隊長か。


 じいっと見つめられ、負けじと見つめ返した。


「要件は」

「第三師団所属、アリア一等兵、報告のため入室します」

「……なるほど。新兵達はもう就寝前点呼の時間だがと思っていたが、一等兵だったか」


 もう風物詩のようなものにもなっているのだが、羽目を外した新兵達はこの時期、何かしらのトラブルを起こし慌てて総務に駆け込んでくる時がある。

 まだ集団研修中で交代勤務が始まっていない時分。暦上明日が休みにあたる今夜は特に、酒場帰りの千鳥が多くなる傾向にあった。だからだろう。


「遅くまでご苦労。時間をとらせた」


 明らかに貧弱で、貧相な私が入隊したばかりの新兵に見えたのだろう。どう見ても貴族でない私に謝る貴族お偉いさんもいるのか。そう驚きつつ頭を下げた。


 それ以降、日中すれ違った時に挨拶がてら一言二言ほど言葉を交わし、机上業務のあと夜遅くに会えば短く世間話をするようになった。


 ダグラス隊長は私の貧民卒という出生が珍しいのか、日頃の生活を聞きたがり、私は戦いの指南をお願いした。

 聞けば強面コワモテゆえに、年若い部下、それも女性隊員にこうして直接指導を求められるのは少ないらしい。腕っぷしに自信がある戦闘好きばかりが前に並ぶため、指揮官としてちぎっては投げちぎっては投げする現状を憂いていたのだとか。

 スラムではさらに強面の大人が多かったので、こんなに良い人そうなオーラなのにと驚いた。


 ダグラス隊長が所属する近衛第二師団は、この国の王子付の部隊のひとつになる。編成も平民や貴族が満遍なく配置され、六つの連隊から成る大所帯。そのうちの一つをダグラス隊長が取りまとめている。

 王太子だけでなく外交に勤しむ第二王子以下の護衛や王城における王族の警備など、遠征や荒事も多く、力量が特に重視される部署だった。


 ダグラス隊長が昇級したのは、夏の終わり頃に王女の暗殺未遂で活躍したからだろう。

 それは同時に第三師団の失態を意味する。

 自分たちの不足については恥ずかしいが、それを差し置いても、あの捕物は本当に見事だった。





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