第7話 人事異動発表
ルフタとの会話を終え、宿舎内でシャワーを浴びた私は、忘れないうちに今後の出来事を可能な限り整理していた。
詳細を紙に書き残せたらいいが、万が一他人の目に入ったり、私の手を離れたりしてしまっては困る。考えて、手帳に単語だけでメモを残すことにした。誰かに見られても、先の予定を記入しているだけだと思われる程度に。
後はもう定期的に反芻するなどして頭に叩き込まねばならない。まあ、幼少期より紙のない生活には慣れている。なんとかするしかないと心に決めて過去の日常に身を投じた。
余談だが、夜間の無断外出の罰として始末書を書いたが、回帰前とは異なり字が汚いこと以外でダメ出しされることなく一発で通してもらうことが出来た。変なところで回帰前のいびりの恩恵が受けられていて苦笑する。
それでもきっかけの貴族令嬢達にお礼を言うのは癪だなと、過去努力した自分に賛辞を送った。
うっかり第三師団の実務室に足を向けてしまってから、
詳細は掲示されるのだろうが、任務や休日以外の者はほとんどが聞きに整列していた。
総帥からの
「最後に、来季の異動者を発表する」
きた。
私は司会の声に神経を集中させた。
私やデイジーをはじめとする帝国歴五三二年入団員は、身体強化や規律制度、騎士としてのマナーなどを仕込む二年間の
異名の通りみっちりしごかれるのだが、これがとにかくキツい。走り込みの量が尋常じゃなく、体力に限界を感じた者は見切りをつけて早々に辞めていく。
それを乗り越えたうえで、主に第二、第三師団から繰り上がりで配属される第一師団を除き、適性を見て第二師団から配属されていくのが慣習だった。と言っても、大多数が第四師団以降に分配され、特に力量に秀でたものが第二、第三師団へと呼ばれる形になる。なお力量には、家柄も
回帰前はここで、第三師団に多く配属が決まるのだ。私も含め。
「第四班サタナトゥス・マイヤー、第三師団!」
「第四班ガイア、第四師団!」
私は五班所属。呼ばれたら姿勢を正す敬礼をする。
「第四班アル、第三師団!」
「第五班デイジー、第三師団!」
「第五班アリア、第二師団!」
びくり、と肩が揺れた。
思わず視線だけで隊長格の列を盗み見る。
こちらに向き合う形で整列するダグラス隊長の表情は、平然としていた。
一体、なぜ。
回帰前と異なる現象に、心臓が忙しなく跳ねる。
「第十班モーリス、第六師団! これにて一般兵の異動とする。翌週より配属先にて業務にあたれ。これをもって本集会を終了する。以上、
集会の終わりにあわせて、丁度四の刻の鐘が鳴った。ガロンゴロンと言う重い響きを聞いてなお、呆然としてしまう。
「アリア、行きましょ」
「……」
「アリア?」
「、ああ。すまない、デイジー」
「珍しいわね。貴女がぼんやりするなんて」
「いや、少し……驚いていた」
「そうね、去年は第二、第三とも五人もいなかったものね。貴女とは離れたけれど、私も近衛だなんて思わなかったわ! やり甲斐があるわね」
彼女の胸を張る挙動に合わせて、栗毛のポニーテールが揺れる。やり甲斐か。と、ぽつり呟いた。
「そうよ! でも、夜とか時々はまた話しましょうね。ただでさえ女性は少ないのに、平民ともなると片手で収まるほどしかいないんだから」
第五班以降の発令をしっかり聞いていなかったが、デイジーによると第三師団に配属された平民はデイジー以外に、ニナという商家の三女が入ったらしい。
ニナ。回帰前はほとんど関わりがない。彼女も第三師団には配属されていなかったからだ。
回帰前と異なる配属となった人が私の他にも居ると知って、余計に混乱する。
その後は気もそぞろで、デイジーの問いかけにも上の空になっていた。
普段躓かない小さな段差に足を取られる始末で。空に黒い雲がかかっていることにも、ましてや、退場する私の背中に送られるダグラス隊長の視線になんて、少しも気づくことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます