『恵殿《エデン》の下』

やましん(テンパー)

『恵殿《エデン》の下』


 『恵殿住宅団地は、チャムル・ラー・メン衛星人が住む、高級住宅地です。


 チャムル・ラー・メン衛星は、地球を周回する人工衛星天体で、だから、住人は地球人の子孫たちでありまして、べつに、宇宙人というわけでもありませんが、すでに開設後150年が経過していて、ひとつの国家として認められておりました。


 その、ラー・メン衛星人が、事実上、地球の支配者なのでした。


 べつに、戦争したわけではなくて、もう、半世紀以上、地球の経済的な実権を握っているからです。


 まあ、だからと言って、ぼくたち庶民の、地球上の生活で大きな変わりがあるわけではありませんです。


 ただ、ラー・メン衛星人は、みな、高級住宅地に住んでいる、お金持ち、と言うくらいです。



 この、恵殿は、ぼくの自宅の真上、広い広い丘の上にありました。


 しかし、車で上がれば、直ぐです。


 そこには、『ムシカ・ムンダーナ』という、実に良い喫茶店があります。


 べつに、地球人の出入りが禁止されたりもしていないし、検問もないし、ぜんぜん、普通に行くことができたのでした。


 いつも、クラシック音楽が流れていて、リクエストもできます。


 自分のレコードを持ち込んだりもできました。


 なにせ、超高級オーディオ装置があり、ぼくの古いレコードから、とてつもない素晴らしい音楽が出てくるのです。


 こんな、魅力的なはなし、ないですよ。


 だから、ぼくは、毎日のように、当たり前に通っていたのです。


 ついでに言いますと、アルバイトに出ている娘さんが、つまり、ぼくは、好きだったのです。


 もちろん、彼女は、ラー・メン衛星人ですから、お相手になりません。


 ま、まれに、金持ちの地球人と、ラー・メン衛星人が結婚することはありましたが、それは、ニュースになるくらいのことだったのですから。



 しかし、ある日を境に、状況は変わりました。


 地球連邦政府に、意外なクーデターがあって、反ラー・メン衛星人の政権ができてしまったのです。


 副大統領の『ツルク・サクサ』さんが、主導したのです。


 一般人側に、そうした気分が高まっていたことは事実ですが、政権がひっくり返ったのは、かな

驚異的で、民衆を甘くみた、旧政権や、ラー・メン衛星人の油断があったのかも知れず、また一方、地球民衆の勝利だったのかもしれません。


 はっきりしておきますが、ぼくは、べつに、新政権に反対ではありません。


 良い政治をするなら。


 ところが、まさか、ぼくが、危険人物に指定されているなんて、知るよしもありませんでした。


 『ムシカ・ムンダーナ』に通っていたことから、スパイ、という、告発が、あったらしいのです。


 出所は、はっきりしませんが、どうやら職場内かららしいと、町内会長さんから聞きました。


 ぼくは、夜逃げしました。


 『ムシカ・ムンダーナ』の主が、密かに、ラー・メン衛星に密航させて下さると言うのです。


 密航したら、スパイと認めたことになりかねませんが、各地で民衆のスパイ狩があり、あきらかに、容疑者はリンチになって、殴り殺されているとの情報があったのです。


 警察は、黙認しているようでした。


 

 ぼくは、逃げるしかないと思いました。』



        🚀




 『チャムル・ラー・メン人は、すでに、絶滅していました。


 いたのは、彼らが産み出し、作り主を破滅させ、やたら巧みになんにでも偽装をする、人工生命体でした。ロボットではありません。生き物です。ただし、人間ではない。しかし、感情があり、芸術も理解する。


 『ムシカ・ムンダーナ』の一家も、その仲間だったそうです。一種の、情報基地だったみたいです。


 でも、彼らは、常連のぼくを、ひどく、不憫に思ったのだとか。


 チャムル・ラー・メン衛星は、いま、地球に攻撃を、始めました。


 もし、書く機会があれば、どうなったか、また、お伝えいたしましょう。』



      🍴🍴🍴🍴🍴🍴🍴🍴



 これは、かつて『地球』と呼ばれたらしき惑星の、現在ある大陸の中心付近で発見された落下物から回収されたデータである。


 今のところ、生命体は確認できない。


 さらに、調査を続行する。



  深宇宙自動探査船『オテロ』より。


   アマデウス・モーツアルト司令官どの


 


 


 


 

 

 

 


 

 


 


 


 


 

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『恵殿《エデン》の下』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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