失踪の噂

「ん? 総務からメール?」


 圭が仕事をしているとメールが送られてきた。

 比較的自由な研究職である夜滝のところにはそんなに頻繁にメールが来るものでもない。


 ただ時々予算の申請を忘れたとかで確認のメールが来たりする。

 また何かやったかなと思いながらメールを開く。


「なんだった?」


「えっと情報提供のお願いだって」


「……なんだか物々しいねぇ」


 圭が軽く読み上げたメールの内容に興味なさそうにしていた夜滝もパソコンを覗き込む。


「小久保昌也……5日前から無断欠勤」


 メールはちょっと変な内容だった。

 小久保昌也という社員が数日前から無断欠勤をしているらしい。


 連絡しても出ず、あまりにも長い欠勤に他の社員が家を訪ねてみたけれど家にもいない。

 それどころか様子を見た感じでは数日帰ってもいない雰囲気だった。


 親も行方を知らないとなって今では警察に届けが出された。

 このメールは何か知っている人がいないか情報提供を求めるためのものだった。


 それだけなんの情報もないみたいである。

 末端とはいっても重要な技術を有する大企業の社員なのだ、単なる蒸発という可能性だけでなく事件に巻き込まれたということも視野に入れていた。


「夜滝ねぇは知ってる?」


「いいや、営業だろ? 知ってるはずがないよ」


「そうだよな」


 圭や夜滝が働いているのは研究部門なので営業部の人と関わる機会は多くない。

 RSIは大きな企業であるし顔も名前も知らない人の方がほとんどである。


「最近失踪なんて話も時折聞くよねぇ」


「なんだろうね? 何事もなきゃいいんだけど」


 新聞などを見ていると人が失踪したという記事が小さく書かれていたりする。

 ニュースになるほどのことは今のところないが圭や夜滝の目にも入るぐらいには失踪があるということである。


「あれ?」


 ピッと音がして研究室のドアが開いた。


「井端さん、どうも」


「どうも、村雨さん」


 研究室のドアは登録してある本人か管理者、もしくは中から開けてもらわねば開かない。

 誰だろうと思ってドアの方を見ると井端が入ってきた。


「人の研究室に勝手に入ってくるのは失礼じゃないかい?」


「お伺い立てたところで居留守使うでしょ」


 事務仕事を担当してくれている井端はめんどくさがりな夜滝関係の事務も押し付けられている。

 圭が来てからというもの圭がチェックするのでかなりマシになったけれど未だに油断ならないことがある。


 何もないのに井端が訪ねてくるということは何かあるのだろうと夜滝は悪あがきで井端から隠れようとすることもあるのだ。


「なんの話していたんですか?」


「総務から来たメールを見てて」


「ああ、無断欠勤の人ですか」


 井端もメールは見ていたのでパッと内容を思い出した。


「そこから失踪が多いなって話していたんだよ」


「ああ……そういえば面白い話ありましたね」


「面白い話?」


「ネットの匿名掲示板の話なんですが失踪事件に北条勝利さんが関わってるなんて言ってる人がいたんですよ」


「北条勝利ってあの?」


 思いもよらない名前が出てきて圭と夜滝は顔を見合わせた。


「多分ですけどね」


「どんな話なんだい?」


「私もサラッと見ただけだから……ええと、確か失踪した人は北条勝利に殺されたなんて荒唐無稽な話だったと思います」


「へぇー……」


「それよりも!」


「げっ」


「この前出してもらった書類だけど……」


 井端としては北条勝利が人を殺して隠蔽しているなんて話は全くの作り話にしか思えない。

 しかし圭たちにとってはやや引っかかりを覚えた。


 井端に書類の不備を詰められる夜滝を横目に圭はその掲示板の話を調べてみようかなと思った。


「わー、分かった、分かったから!」


「毎回言うけどちゃんと書類は読んでください!」

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