日常+フィーネ2

 フィーネは包丁にしている方とは逆の足を孫の手のように変形させてキュウリを押さえた。


「上手いもんだな」


 最初こそ厚さがバラバラだっけれどそれを優しく指摘してやると均一な厚さにすぐに修正した。

 この分ならば掃除だけでなく料理の方も期待できそうだと圭は思った。


「ありがとう、フィーネ」


「ウレシイ!」


 サクッとキュウリを切ってくれたフィーネにお礼を言うと嬉しそうにしている。

 切る作業を少しフィーネに手伝ってもらいながら使い道の決まっていなかった食材も半分ぐらい料理にして保存しておく。


「久々に色々作ったな」


 一人で黙々と作っているのも楽しいけれど横で手伝ってくれたりリアクションくれたりするフィーネがいるとまたはかどるものである。


「夜滝ねぇ、テーブル運ぶの手伝って」


「ほいよ」


 お皿に移しておいた料理を夜滝と手伝って運ぶ。

 フィーネはちょっと小さいのでここは待機である。


「コレナニ?」


「これはテレビだよ」


「ナカニイル?」


「ん? ああ……いや人は中にいなくて……んー、なんて言うのかな?」


 フィーネがジッと見ていたのはテレビだった。

 夕方のニュースがやっていて人が画面に映っていることが不思議なようであった。


 圭はテレビに映っているのが映像でそこに人はいないと理解しているのだけどテレビを知らないフィーネからして見ると中に人がいるようにも見えるみたいである。

 ただテレビの仕組みを上手く伝えようと思うと難しいなと圭は思った。


「この中に人がいるんじゃなくて遠くで撮った映像をテレビっていう機械で映してるんだ」


「エイゾウ?」


「うん……映像っていうのは……」


「ふふっ、見せてあげた方が早いね」


 説明に苦戦する圭を見て夜滝は笑う。

 スマホを取り出してパパッと操作する。


 圭のスマホが振動して何だと思ったら夜滝だった。


「ほれ、見えるかい?」


 手を振る夜滝の姿が圭のスマホの画面に映し出される。


「ピ? ピ?」


 それをフィーネに見せてやるとフィーネは夜滝とスマホを交互に見ている。


「このニュースは生放送だしこんな感じで離れているところを移しているんだよ」


「スゴイ!」


 フィーネは見たこともない技術に感動していた。


「フィーネに教育が必要かもしれないね」


 出来た料理を食べながらフィーネについて話し合う。

 圭は料理しながら味見とかつまみ食いでそこそこ満たされているのでちまちまと食べる程度だ。


 フィーネに関してまず必要なのは社会的な常識や基礎的な知識かもしれないと圭は思った。

 知識を吸収して応用する能力はあるけれどフィーネは小さい子供のようにものを何も知らない。


 ケルテンと二人きりで研究所で暮らしていたのだとしたら知識に大きな偏りがあったとしても何らおかしくはない。

 しかし偏りがあることをそのままにしておいてはいけない。


 この先にどんなことが起こるか分からない以上はフィーネにも知恵をつけてもらわねばならない。

 幸い学ぶ意欲と吸収できる頭はある。


 教育を施せばあっという間に必要な知識を身につけられるだろう。


「確かに教育は必要だね」


 無邪気な性質は悪くはないがこの世の中はそれで乗り切れるほど甘くもない。

 己の身は己で守らねばならない。


 いざという時にはフィーネだけを何処かに逃すということもありうる。

 何も知らなければ困るだろうが知識があれば対応できることもある。


「何がいいんだろうね。まずは小学生用の教材とかかな? ネットとかもいいけどちょっと怖いしね」


「今度本屋さんにでも行ってみようか。新徳博士にも聞いてみよう。ああ見えて3人子供がいるんだ」


「そうなんだ」


「男一人と娘が二人。娘について相談を受けたこともあるんだよ」


 圭の頭には小難しそうな顔をした新徳の姿が思い浮かんだ。

 なんだか仲が良さそうだと思っていたけれどそうした過去もあったのだと考えると仲が良いのも納得だ。


 娘について思い悩んで夜滝に相談するとは中々新徳も可愛らしい人である。


「ふふふ……」


「何笑ってるの?」


「教育のことを考えるだなんてね。まるで子供ができたみたいだ。そう……まるで私と圭の子供、みたいじゃないかい?」


 夜滝は少し頬を赤らめる。

 今圭と交わしている会話はなんとなく子供ができたばかりの新米夫婦のようではないかと思ったのだ。


 色々と過程をすっ飛ばした会話であるがそのように言われてみればそう思えないこともない。


「フィーネ、マスターノオクサン!」


「えっ?」


 フィーネの思わぬ発言に圭も夜滝も固まる。


「オトウサンイッテタ。ダイジナヒトオクサン! ダカラフィーネハマスターノオクサン!」


「なるほどね」


 ケルテンの大事な人は奥さんだったのだろう。

 フィーネはそのことを覚えていてマスターである圭を大事な人、イコールで自分を圭の奥さんであると主張している。


「それは許せないねぇ……」


 たとえちゃんと理解していないフィーネの発言でもそれは許容できない。

 夜滝は固い笑顔を浮かべているが口の端がひくひくとしている。


「ちゃんとした教育が今すぐ、必要だねぇ」


「マスターノオクサンニナルタメガンバル」


「まずはその奥さん止めようねぇ」


「まあまあ、フィーネ相手だし」


 それだけ大事だと思ってくれるのなら圭も悪い気はしない。

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