三つ巴の混乱8

 かなみの攻撃をマティオは魔力を込めた剣や魔法で容易く防ぐ。

 普通の覚醒者なら防ぐのだって厳しいはずなのにマティオには全く通じない。


「むっ?」


 魔法で吹き飛ばした水が消えずにマティオの体に巻き付いた。

 おかしいだろう。


 公式上はG級となっている覚醒者に期待するなんて。

 でも何かの意思を秘めた目をした圭を見て期待せずにはいられなかった。


 圭は諦めてはいない。

 なら、それに少し応えてみよう。


 水がマティオの手足を拘束する。


「こんなことをしてなんだというのか」


「さあね……なんでこんなことしてるのかしら」


 それでも長いことは持たない。

 かなみが全力で拘束しているのにマティオは少し力を入れただけでもう引きちぎられそうになっている。


「早く……!」


「期待しているのは、これか?」


 圭が結界の中に入ってくる。

 その瞬間見えずともマティオは圭の存在に気がついた。


「くらえ!」


『類い稀なる幸運の効果が発動しました』


 圭は盾でマティオを殴りつけた。

 マティオはそれをかわさなかった。


 かなみに拘束されてかわせなかったのではなくかわさなかったのである。

 圭から脅威となる力を感じなかった。


 全くもってかわす必要がない。

 虫がぶつかったところで気にするはずもないのだから。


 かなみも失敗だったかと思った。

 圭の全力の一撃にもみじろぎ一つしないマティオにダメージがあるようには見えない。


「ふん……何かと思え……ば」


 誰の予想も裏切らない一撃。

 そう思った瞬間マティオの瞳が大きく揺れた。


「貴様……!」


「うっ!」


 水の拘束を引きちぎりマティオが圭の首を掴んだ。

 ドロリとマティオの目から血が流れる。


「何をした!」


「く……そ」


 効いている。

 圭はもう一度盾で殴ろうとしたが手首を掴まれて阻まれる。


「貴様如きにそのような力があるはずがない……この盾か?」


 マティオの余裕の表情が崩れて険しく圭を睨みつける。


「その人を放しなさい!」


「うるさい、邪魔をするな!」


「きゃっ!」


 マティオが地面を蹴り付けた。

 その瞬間地面から黒い炎が噴き出してマティオと圭を囲む。


 かなみが圭を助けねばと水をぶつけるけれど黒い炎は揺らぐこともなく水を蒸発させてしまう。


「くっ……」


 マティオが眉をひそめる。

 盾の魔を払う力によるもので安定していた力が急激に不安定になっていく。


「この盾はなんだ? 俺に何をした?」


「あ……う……」


 掴まれている首と手がミシミシと悲鳴を上げている。

 とてもじゃないが筋力値の差が大きくて抵抗も出来ず、圭の体力値では耐えられない。


 体を持ち上げられて踏ん張ることも出来ない。

 息が出来なくて段々と圭の顔が青くなっていく。


「チッ……これ以上はこの体が持たないな。俺を手こずらせた代償は命であがなってもらう」


 効いてるのにと思った。

 もう一度盾を当てられたのならチャンスがありそうなのに圭の力ではマティオはびくともしない。


 マティオはうっすらと笑みを浮かべる。

 ひねれば簡単に首を折って殺すこともできるがそうはしない。


 ひたすらに首を締め上げてジワジワと苦しんで死んでいく様を楽しんでいる。


「……待て、貴様……その目は」


 圭はマティオを睨みつけた。

 睨みつけたのが気に入らないのかと思ったがマティオは驚いたような顔をしていた。


「は……はは……ははははっ!」


「ゲホッ……!」


 急にマティオは圭から手を離した。

 意識が朦朧とするレベルまで首を締め上げられていて足に力が入らなく圭は地面に座り込む。


 慌てて酸素を取り込もうと呼吸をする圭の前でマティオは腹を抱えて笑っていた。


「あの小生意気なやつ……最近見ないと思ったら。なんだ、人間如きにやられていたのか!」


 マティオは非常に愉快そうに笑う。


「それにしても……」


「ううっ!」


 マティオは圭の顎を掴んで目を覗き込む。


「こんなことになっているとはな。調子に乗っているからこうなるのだ」


 圭は訳が分からないと思う。

 マティオが何を言っているのか理解できない。


「不思議なものだ。人間がこの目の力を引き出せるとは」


 マティオは指で圭のまぶたを開いてグッと目に顔を寄せる。

 ここまできて圭もようやくマティオが圭の目について興味を持っているのだと気がついた。


「何を……この目がなんだと……」


「なんだ、知らんのか、人間? そうかそうか……」


 圭から離れてマティオはまた笑う。

 何が楽しいのか恐怖すら感じる。


「何も分からず殺されたのか! しかもこんな虫ケラに! 愉快だ!

 ……ああ、だが全てを説明してやるほど俺は親切じゃない。だが気分は良い! 人間、お前のことを見逃してやろう」


 1人で盛り上がるマティオ。

 大きく高笑いしながら空を見上げ、そしてゆっくりと倒れた。


 倒れたマティオは動かず圭たちを囲っていた黒い炎が消える。


「圭君!」


 かなみが圭に駆け寄ってくる。

 かなみも手ひどくやられているが圭の状態も良くない。


 掴まれていた首や手首は手の形に真っ赤になっている。

 未だに顔色は戻りきっていないくてやや青い。


「何があったんですか……?」


「……俺にも何が何だか」


「ギルド長!」


「どうしたの?」


「こちらの方はほとんど戦闘が終わりました」


「あっ……」


 マティオと戦っている間に屋敷の中にいた悪魔教の覚醒者たちの制圧は終わっていた。

 覚醒者協会側の責任者である薫はまだ気を失っているのでかなみが指示を出すしかない。


「降参した覚醒者は拘束、待機している後方支援組に連絡を取って協力を仰ぎなさい」


「分かりました!」


「…………ひどい戦いだったわね。何はともあれ助かったわ、圭君」


 かなみは圭に手を差し出した。


「ありがとうございます」


 疲労とかダメージとかいっぺんに来て足をガクガクさせながら圭はなんとか立ち上がった。


「また、あなたに恩ができちゃったわね」


 何をしたのか分からないが圭がいなければマティオに勝つことなど出来なかった。


「……またお礼は今度ね」


 かなみは圭の頬に唇を当てた。

 まだやることがある。


 かなみはぼんやりとする圭に微笑みかけるとマティオの足を掴んで引きずっていった。


「圭!」


「圭さん!」


「お兄さ……あ、まあいいや、お兄さん!」


 夜滝と波瑠とカレンも薫を安全なところに運んで圭のところに走ってくる。


「みんな……」


「大丈夫かい?」


「うわー首真っ赤!」


「盾、役に立ったか?」


「みんな同時に話さないで……でも、とりあえず、無事に終わったよ」

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