捨てる神あれば4

「あっ、美味しい!」


「……なんだいそのリアクション? 不味いとでも思ったのかい?」


 正直危ない可能性はあると思った。


「まあ親も止めるほどの前歴があるからねぇ」


 夜滝はニヤリと笑った。

 前歴というのは夜滝は料理が異常に下手くそだった。


 夜滝の家でお世話になる時は基本的に夜滝の両親がご飯を作ってくれていたのだけどちょいちょいどちらの両親もいない時があったりした。

 そんな時に夜滝がご飯を作ってくれるのだけど下手くそだった。


 一口に下手くそといっても料理のクオリティは様々で不味くて食べられないこともあればなんとか食べられる時もある。

 そんなんだからいつからか圭の方が料理を作るようになっていた。


 今日は鍋。

 失敗する可能性がそもそも低い料理だ。


 さらにその上企業さんが作ってくれている簡単にお鍋が出来る商品を使っているので流石の夜滝でも失敗のしようもない。


「……しばらくいなかったようだけどどこかに行っていたのかい?」


 せっかく作ったのに夜滝は食べないでニコニコと圭が食べている様子を眺めている。


「入院してたんだ」


「入院!? そういえば病み上がりって……一体どうしたんだい? 病気か、ケガかい? 退院したってことはもう体は大丈夫なのかい?」


 こんな自分でも心配してくれる人がいると思うと少し心が軽くなる。

 心配している顔をしている夜滝には悪いが圭は思わず笑ってしまう。


「もう大丈夫だよ」


「何があったか教えなさい」


「ちょっと……事故があってね」


 あんまり話すつもりもなかったのだけど話し出したら止まらなくなった。

 塔の中で起きた事件について話し、最後には仕事をクビになってしまったことまで打ち明けた。


「もしかしたら家も出て、こうして夜滝ねぇと会うこともなくなるかもしれない。当てもないし……夜滝ねぇ?」


「そんなことになってるなんて、分かってあげられなくてごめんよ」


 夜滝は圭のところまで来るとギュッと抱きしめた。


「そんな……」


「いいんだよ。圭は……昔から頑張りすぎることがある。少しは他人に頼ったっていいし、無理だって言ったっていいんだよ」


「夜滝ねぇ……」


 泣きはしない。

 もういい年だしそんなことで泣き出したりはしない。


 でも心の中で重たくトグロを巻いていた黒い感情が夜滝の優しさと暖かさに触れて溶けていく、そんな感じがした。


「ありがとう夜滝ねぇ」


「私だって圭に何回助けられたと思っているんだい? こんなことじゃお礼にはならないけど辛きゃ私を頼ってくれ」


「もうちょっと胸でもあれば……」


「死にたいのかい?」


「じょ、冗談だよ」


「ふふっ、見てるといい。いつか胸を大きくしてみせるから」


 夜滝の胸は結構控えめな方だ。

 照れ隠しの冗談だったけど一瞬本気で怖い目をしたのを圭は見逃さなかった。


「そうだね。圭、私のところで働かないかい?」


「夜滝ねぇのところで? そもそも夜滝ねぇって今どこで働いてるんだ?」


 圭は夜滝のざっくりした職業は知っているがその細かなところは知らない。

 夜滝は頭が良くて昔から勉強が出来た。


 圭が三流大学を何とか卒業したのに対して夜滝は一流大学を出て研究者となっていた。

 どこか大きな企業に雇われて研究をしているところまでは聞いたことがあったけれどどこに雇われたのかまでは記憶になかった。

 

 研究所の方で寝泊まりすることも多く、そのためにあまり家に帰って来なくなって会うことも少なかった。


「今はリダルシャスインダストリーっていう会社で研究所の主任を任されてるのさ」


「リダルシャスって……あのRSIのこと?」


「ああ、そのRSIさ」


 リダルシャスインダストリーとは今世界でも有数のゲートテクノロジー会社である。

 ゲートや塔から取れた素材やら魔物の素材を加工して商品を生み出す技術のことをゲートテクノロジーと呼び、今ではいくつかの会社がその先頭を争っている。


 リダルシャスインダストリーは日本に主軸を置く会社であり、昔は小さな研究所を持っている会社だったのだけどゲートの素材を使った技術で世界規模の企業に急成長した。

 リダルシャスインダストリーはRSIと略して呼ばれていて日本で大注目の企業で、夜滝はそこで働いているというのだ。


「な……ええっ!?」


 驚きを隠せない圭。

 本当にRSIに勤めているならこんなボロアパートにいることはない。


 下手すれば給料でアパートごと買い取れるだろう。


「ここにいるのは圭がいるからさ」


 再び圭の正面に座った夜滝はニヤリと笑った。


「ええっ?」


「親との思い出もあるし、ごっちゃとした環境から離れたい時にはこの家は結構落ち着いていいのさ」


 少し誤魔化すように口早に言葉を続ける。


「久々に帰ってきたのは息抜きじゃなくて圭、君に用事があったのさ」


「用事ってまさかさっきの」


「そう、ちょっと助手を募集することになってね。……RSIも大きくなったのだけど代わりに敵も多くなった。研究所の助手を募集すればごまんと応募があるだろうけどスパイじゃない人を選別するのも楽じゃなくてね」


 RSIで研究したり抱えている技術を盗もうと産業スパイな存在も確認されるようになってきた。

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