捨てる神あれば3
ひとまず今は入院費の心配をしなくて良くなっただけでも安心だ。
「お金……仕事!」
そして思い出した。
圭は仕事の途中だった。
それに入院もしていたので仕事がどうなったのか分からない。
「えーと……スマホ……スマホ」
荷物を漁るけどスマホはない。
いつも仕事中は助手席に置いておく。
なので一連の出来事の何処かで無くしてしまった。
せっかく少し良くなった気分がガックリと落ち込む。
幸いサイフはあったので今時珍しく公衆電話で職場に連絡を取ることにした。
電話番号を思い出すのもギリギリだったけどなんとか連絡を取れた。
「い、生きていたのか……」
ひどく驚いたような第一声。
親しい関係ではなかったがどう思われていたのかは聞かずとも予想ができる。
「そうか……あー……いや、生きていたことはいいんだが……」
歯切れの悪い返事。
「何ですか?」
「話を聞いてな……てっきりお前さんも死んだと思っていてな。
別の者をもう雇ってしまったんだ」
「なっ、でもそれで首ってことには……」
「うちも厳しいんだ。
それに雇ってしまったのは甥っ子でな……こんなご時世だ、分かってくれるよな?」
「いやそんなの!」
「すまない……すまない……」
「ちょ……待って……」
電話が切れる。
「ウソだろ……そんなことって……」
覚醒者は普通の人と違う。
覚醒者が出始めて時間が経ったとはいっても安定してからはそう長くもない。
法律的に一般人とそれほど差があるわけではないけれど覚醒者が覚醒者として雇われる場合は難しいところがある。
それに仮に圭が訴えたとしても判決に何年かかるか分かったものではない。
時間やその間の費用を考えると泣き寝入りするしかないのが現状であった。
「……終わりだ、全部……塔の中で死ねばよかった」
震える手で受話器を戻して圭は病室に戻った。
頭の中にはお金の問題や次の仕事のこと、どう生きていくかでいっぱいだった。
魔石がある、とはどうしても軽くとらえられなかった。
Cランクの魔石だってそうそう手に入るものではない。
入手方法も適正なものとは言いにくく処分しようと思ってもすぐに売れる物じゃない。
となると時間をかけてバレないようにしなければならないがそんな時間もあるか疑わしい。
退院したらその日の生活も厳しいぐらいだ。
新しい携帯すら買うお金もないので圭はひたすら焦っていた。
しかし良い方法も思いつかず胸が苦しくなる焦りの中でただ時間が過ぎていった。
ーーーーー
どうせ費用は覚醒者協会が持ってくれるのだからのんびり入院しよう。
なんて思っていられる暇はなくなった。
圭は早めに退院することにした。
次の職探しをしなければならないからだ。
「おや、圭じゃないか?」
「あれ、夜滝ねぇ」
古ぼけたアパートが圭の自宅であり、とりあえず着替えでもしようと帰ってきた。
鍵を開けようとカバンを漁っていると隣の部屋のドアが開いた。
平塚
その付き合いは圭が子供の頃からで互いの両親時代からのものである。
夜滝の方が圭より年上でよく面倒を見てくれたこともあって圭は夜滝のことを姉のように慕っていて、夜滝ねぇと呼んでいた。
それぞれ両親が亡くなった今もこのアパートに住んでいるのだけど夜滝はなんの仕事をしているのかあまりアパートには帰ってこなかった。
だから顔を合わせるのは非常に久しぶりだった。
「……どうした、顔色が悪いじゃないか?」
「えっ?
ちょっと病み上がりで」
「病み上がり?
何があったんだい?」
夜滝は心配そうに圭の顔を眺める。
病み上がりだから顔色が悪いというより心配ごとが多く何も考えがまとまらないから顔色が悪いのだけどそんなこと口に出せなかった。
「少し痩せた感じもするね。見ない間に何かあったんだねぇ」
「いや、何もないよ……」
久々に触れる人の優しさにちょっとグッとくる。
「よし! 今日はうちで食べていきなさい。それに圭に話したいことがあったんだ。準備できたら、こっちの部屋に来なさい」
「わ、分かった」
昔から夜滝には逆らえない圭はうなずくしかなかった。
断るのもおかしいし夜滝の心遣いが嬉しかった。
鍵を見つけて部屋に戻り、シャワーなんかを浴びて服を着替える。
少し埃が溜まったぐらいで変わりのない我が家にちょっと安心する。
そして隣の部屋の呼び鈴を鳴らすと夜滝が出てきて部屋に入れてくれる。
何回も入ったことがある部屋で今は夜滝一人暮らしだから少しは女性っぽい部屋になっているかと思ったら部屋の中はほとんど変わっていなかった。
「ほら、食べるといいよ」
夜滝が出してくれたのはキムチ鍋だった。
みんなで食べられるからと平塚家でお世話になる時には鍋が出てくることも多かった。
「最近はキムチ鍋もお手軽に作れるからいいねぇ。お肉たくさん入れたからたくさん食べなさい」
「いただきます」
圭の分をよそって目の前においてくれる。
微笑むような夜滝の顔に圭は恐る恐る料理に箸を伸ばした。
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