その後のサン・ファン・バウティスタ

飛鳥 竜二

第1話 サン・ファン・バウティスタ号の帰港

空想時代小説


 サン・ファン・バウティスタ号は、日本にもどっていた。

 政宗と重臣片倉小十郎重綱が何やら耳打ちをしている。

「今、わが黒船が浦賀にもどっておる」

「して、わが藩の者は?」

「だれも乗っておらぬ。イスパニア(スペイン)の者たちが操船してきたとのこと」

「常長殿の消息は?」

「よくわからん。死んだという話もなく、無事、イスパニアに行っているのかもしれぬ。幕府からは軍艦奉行の向井将監が再乗船してノビスパン(メキシコ)に行くと伝えてきた。そこで、わが藩からも水夫としかるべき者を出せ。と言ってきた」

「ということは、常長殿を迎えに行くということですか?」

「表向きはな。幕府としては、黒船の操船を自分のものにしたいというのが本音だろう」

「わが藩の黒船でですか? 図々しいにもほどがある」

「そこでだ。船を守るための者が必要だ。横沢将監を派遣しようと思うのだが、どう思う?」

「横沢殿ですか・・・・・才覚があるとは言いにくいですが、まじめ一筋。指示されたことはこなすでしょう」

「うむ、常長がもどってくれば、常長が主ゆえ、それより上の者を派遣するわけにはいかぬ。船は守りたし、向井将監には負けたくない。つらいところじゃ」

横沢将監は、藩の土木奉行であった。政宗直属の家来で300石の領地を得ていたが、口数が少なく、何を考えているのかわからぬ人物というのが評判であった。常長が無事生きて帰ってきた場合、その指示に従う人物という点が一番重要視された。常長が政宗から受けた命は、とてつもなく大きなものだったからである。

「そこでだ。水夫の中に忍びの者をいれたいと思うのだが・・・」

「何ゆえ?」

「一つ目は、横沢将監と常長を守ること。それ以上に大事なのは船を守ること。船を幕府やイスパニアに取られるぐらいなら沈めてしまいたい」

「沈める?」

「あくまでも最後の手段じゃ。だが、火薬を扱える者でなければならぬ」

「配下の黒はばき組にいるのでは?」

「配下の者では、幕府に怪しまれる。そこでだ。そこもとに真田の草の者がおろう。その中でいい者はいないか?」

「真田の者であれば、幕府にうらみがあるから、わが藩はうらまれぬということですな。それではさがしてみましょう」


 重綱は、白石城にもどり、真田の臣下で城下におる三井奉膳を呼んだ。奉膳は、真田信繁の二男真田大八の守り役で、大坂の陣の後、片倉小十郎に保護された阿梅と阿菖蒲の後をやってきていた。そこで小十郎は大八に片倉の名字を授け、姉とともに保護していた。

「奉膳、大殿よりわが黒船に忍びをのせたいと言われた。その方の配下で火薬も扱える者はいないか?」

「火薬をですか? 草の者のことであれば、佐助に聞かなければなりませぬ。草の者どもは私の屋敷におりますが、その技を知っているのは佐助のみでございます」

「佐助ならば、問題ないが・・・阿梅たちを守るのが信繁殿からの命だから、本人は行くまいの。では、佐助を呼んでくれ」


 翌日、奉膳とともに佐助が重綱の前にやってきた。

「佐助、よくぞ参った。その方の活躍ぶりは阿梅や阿菖蒲から聞いておる。さすが、日の本一の忍びと言われるゆえんじゃ」

「おそれいります。ですが、この世には我より秀でた忍びがおりまする。才蔵などは、我が考える以上の技を出しまする」

「うむ、真田の面々は頼もしいの。ところで、今回は草の者の中から一人ノビスパンに行ってほしいのじゃ」

「ノビスパンとは? 仙台藩の黒船が行ったところですか?」

「そうだ。わが藩の黒船は今幕府の手の中にあり、浦賀に係留されておる。ところが、今度常長殿一行を迎えに行くために、また行かねばならぬ。幕府からは水夫を100人出せと言ってきた。その中の一人に草の者を入れたいのだ」

「何ゆえ?」

「わが藩からは横沢将監殿が船長格でまいる。その将監殿と帰国するであろう常長殿を影ながら守ってほしいのと、それ以上にわが藩の船を幕府や他国に渡すことのないようにしてほしい。万が一の場合は、沈めてほしい。そのためには火薬を扱える者がいい」

「黒はばき組の者では、さしあわりがあるということですな」

「さすが佐助。察しが早い」

「一人いないわけではないですが、政宗公のために働くかどうか。抜け忍となってしまうおそれもありまする」

「それもそうだな。支度金として20両だそう。それに任を果たして無事にもどってきたら、士分として取り立てよう」

「無事帰任する割合はいかほどでしょうか」

「うむ、難しい質問じゃのう。ノビスパンがどのようなところか、だれも知らぬ。未知の国じゃ。一分もあればいいのでは?」

「死を覚悟せよ。ということですな」

「父小十郎は、死ぬことをおそれるな。無駄に死ぬことをおそれよ。と、いつも言っておった。わしは、今もそう思っておる。皆がそうなれとは言わぬが・・・」

「わかりました。説得してみます」


 佐助は、その足で三井奉膳の屋敷へ向かった。そこで、弥七という草の者を呼び出した。弥七は、大八が白石に来る際に、真田の庄から供をしたうちの一人である。まだ20才ほどの若者である。真田の庄では母親と兄弟が畑を耕しながら草の者をしている。しかし、真田家が松代に行くことになり、主人不在となってしまった。食べる物には困っていないが、裕福というわけではない。支度金の20両は、一生かかっても得られる金ではない。弥七は家族のことを思い、受けることにした。佐助の話ぶりから、生きて帰れる任務ではないことを察することができた。仙台藩には恩はないが、このことで真田の若殿が助かるならば、自分のつとめの意味があると思った。船に乗るのは初めてなので、そのことを知りたいと奉膳に伝え、旅支度をするために自分の部屋へもどった。忍び道具を隠して持っていくことがやや気がかりだった。

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