3ー8【果てなき心痛8】



◇果てなき心痛8◇アイシア視点


 クロスヴァーデン邸の客間は、最近はよく商会関連のお客が訪れるらしく、綺麗に整えられていた。この屋敷にミーティアの自室はないらしく、メイドさんや護衛の兵士さんの住み込み用の部屋が多く、あとはお母さんの部屋、そして客間。

 倉庫に会議室、プライベート用の部屋は余りないらしい。


「よいしょっと。ごめんなさいねアイシア、お母様が」


 荷物を整理しながら苦笑するミーティアに、あたしは首を振り。


「ううん。とってもいいお母さんじゃない……良かったね、一緒に【アルテア】にいられて」


「そうね。私は【アセンシオンタワー】に住居があるけど……皆のおかげで母も楽に暮らせていると思うわ。こうして週に二三回、会いにこれるしね」


 ジェイルさんが連れてきたんだよね、【ステラダ】から。

 今はもう、【死葬兵ゲーデ】という兵士たちに滅ぼされてしまったけど、その前に救えてよかった。


「そっか」


「ええ。それで……アイシアはどうしたの?こっちの家にまで来るなんて、凄く珍しい……というか初めてよね?」


 あー……えっと、どう説明しようかな。

 あたしがこうやって行動すること自体、今は中々に難しいから。


「――それとも、あの話、かな?」


 ミーティアは伏目がちに。

 や、やっぱり気付いてたんだね……


「ねぇミ、ミーティア……どうして、何も言わないの?どうして、セリスに聞かないの?ミオには?嫌じゃないの?あんなの」


「そんなに一気に言われても、何を言えばいいか分からないわよ。とりあえず、座ったら?」


 悲しそうな笑顔だと、あたしは思った。

 それと同時に、何か……確固とした意思がそこに存在しているような気がして。


「うん……」


 木製の長テーブル。

 挟むように対面し、あたしとミーティアは向かい合う。


「さて、それじゃあ……まぁ、皆聞きたがってるのは察してるけどね。でも、私から言えることはないわ」


「そんな……だって、ミオとセリスが婚約って」


 初めて号外を読んだ時、どうしてこういう時にこそ能力が発動しないんだと、疑った。でもそれ以上に疑問に思ったのは、ミーティアがなにも反応しなかった事だった。


「婚約、ね。私は気にしてない……と言えば嘘になるけど」


「ならどうして?せめて二人には確認しないと!だって……こんなのっ」


 ミオとミーティアの関係性は、【アルテア】では誰もが知っている。

 【アルテア】の管理者であるミオと、その【アルテア】での金銭面を全て担っている【コメット商会】の会長。

 周知の事実であり、近い将来はきっと結ばれる……時間の問題だって言われるほどに。


「二人にも、何か考えがあるのは分かるもの……特にセリスは、お国の事で切羽詰まっているだろうし、ミオはミオで、それに協力するでしょ?だったら、私も協力するまでなのよ」


「だから、ミオにさえ聞かないの?真偽も聞かずに、受け入れるの?」


「ええ、私は――信じてるから」


「……ミーティア」


 その悲しそうな笑顔を、あたしは忘れないだろう。

 間違いなく、一番心を痛めているのはミーティアだ。

 数えられない、計り知れない心の痛みを我慢して……彼女は、ミオとセリスの為に受け入れる。強く、儚い、けれどもあまりに悲痛な、彼女の選択を……あたしは、支えなければ。

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