2ー9【苦労を買った結果1】



◇苦労を買った結果1◇ミオ視点


  誰が言ったか、苦労は買ってでもしろと。

 苦労なんてしない方がいいに決まっているし、それをわざわざ買う必要がどこにあるのかと、俺は考えてた。

 苦労をしたら心が強くなるとか、下の気持ちが分かるとか……色々言われているが、そんなものは気の持ちようと、その人の為人ひととなりで裁量が変わるんだ。


 俺も前世での学生時代、木の怪物トレントのような見た目のせいで怖がられたり、よく行くコンビニでストーカーに間違えられたり、最低最悪な家族から離れて一人暮らしをしたりと……色々苦労をしてきたさ、買ったわけでもないのに。


 でも今、異世界に生まれ変わり、もうすぐ二十歳。

 あと十年で前世の年齢に追いついてしまうんだ……苦労の数?そんなのドッコイドッコイだろうと思うよ。


 でも……幸せは圧倒的に今世の方が多いと、俺は自負している。

 そんな幸せを噛みしめる俺、ミオ・スクルーズは現在どうしているかと言うと。


「――はぁ〜あ……マジで憂鬱ゆううつなんだがぁ」


 机に突っ伏して情けない声を垂れ流す。

 それが俺、【アルテア】の管理者ミオ・スクルーズである。


 アレックス・ライグザールの乳母、セシリー・メラ・セドリタさんに依頼された日から、十日が経っていた。


「……アレックス・ライグザールの捜索って言われてもなぁ」


 ここは【アルテア】五十階層、管理者の部屋で、執務室。

 俺の視線の先では、せっせと作業をしてくれている女性……ライネ・ゾルタールが。

 彼女は【帝国精鋭部隊・カルマ】の一人で転生者。

 三日前に帝都【カリオンデルサ】から到着した、皇女セリスの側近だ。


「ぐちぐち言ってないで、手伝って欲しいんですけど……ミオくん」


「そー言われてもぁ。やる気が出ない日もあるんだよぉ……ライネにもあるだろ?」


「それは、まぁ」

(な、なんてだらしない……以前の勇敢な顔立ちが嘘のようだわ)


 うん、ライネが何を考えているかが手に取るように分かる。

 しかし俺とて、最近は成長拡張型端末……【AROSSAアロッサ】の開発から少し離れ、こうしてゆっくりと自室で休む事が出来ているんだ。

 自室といえ、ここは隣接した執務室だけど。


「ライネもこっちに来てまだ三日だろ?そんな書類はいいから休めばいいよ」


「そうしたいのは山々ですけどね、仕事の鬼が上司なもので」


 呆れつつも書類をまとめてくれる。

 鬼はロイドさんの事だな。眼鏡が伊達ではないと示す、インテリっぷりだ。


「――その通りですよ、ライネ」


 入口から声。

 その声に、俺は思わず。


「げっ」


「なにが――げっ!ですかミオ……私がせっかく会いに来てあげたというのに」


 ついつい俺が嫌な声を上げてしまった相手は、エメラルドグリーンの髪を束ねた女性だった。


「エ、エリアルレーネ様……言ってくれればお迎えにあがりましたのにっ」


 ライネが席から立ち上がり、そそくさと女神を待合ソファーに座らせる。

 その後は紅茶を淹れだし……って、さっきより忙しそうだが。


「どうしたんだ?エリア・・・、今日はまた急だな」


 俺も姿勢を正し、その女神に言う。

 最近呼ぶようになった略称で。


「あら、会いに来ては駄目なのですか?愛しい我が御主人さまに」


 にこやかに笑う、【運命の神エリアルレーネ】様。

 俺を主人と呼ぶ、この【アルテア】の女神の一柱だ。


「やめてくれって、そんなのはイシスだけで充分だっての」


 エリアルレーネ様への口調も、堅苦しいのを止めた。

 俺の特権というか、【アルテア】の最高責任者である俺が、神よりも立場が上だと示す為……らしい。俺が言い出した事じゃないよ。


「うふふ……ではミオ様とお呼びしましょうか?」


 そう言って、ライネの淹れた紅茶を味わい出すエリアルレーネ様。


「絶対にやめてくれる?」


 女神にとって、主神レネスグリエイトの言葉は絶対だ。女神たちが言うには、俺はどうやらその域に到達しているらしい。

 正直、自覚もある。以前【蠱惑の女神イエシアス】を服従させた、主神と同じやり口の手痛い手法……金輪際やりたくはないが、あれが主神のやり方らしいからな。


 散々上げて、一気に落とす。

 落として落として、今度は泣く程に可愛がる……もうDV男のやり方なんだよなぁ。

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