2ー8【かつて聖女と呼ばれて8】



◇かつて聖女と呼ばれて8◇三人称視点


 自分を成功者だと思った事など、このアレックス・ライグザールには一度たりともなかった。だからこそ、成功者である前騎士団の団長、ジェイル・グランシャリオの失墜に口端を歪めた。

 その後は父、アリベルディ・ライグザールの計らいで新しい団長へと上り詰めた。


 だが、それも所詮は父の力……自分自身で掴んだ成功ではない。

 そんな事は、自分でも充分に理解している。

 だからこそ、今の自分が出来る事、聖女レフィルの傍にいる事を選んだ。


「このお方は、かつて聖女と呼ばれていたお方です……女王国の、悪辣あくらつ女王の片腕として。時期は短かったですが、それでも“王国の蛮行”と呼ばれたあの事件を起こした……張本人です。そして私は、その部下だ」


「あら、そうなのねぇ」


 医師の妻、パメラは驚く素振そぶりもなく言う。

 しかし医師のモレノ・バラバは。


「あん?だから何だってんだ?自分たちは悪さを働いた極悪人……だから善人を恨むのは当然だとでも言いてぇのか?」


「いえ……そういう訳ではありませんが」


 事実そうだ。

 しかし、言われた意味も分かる。

 敗北した悪人。それが今の自分たちの立場だ。


 恨みはある。

 だがそれは身勝手なものだ。理解もしている。

 しかし、それしか出来なかった。この数年は特に。


「お前さんがどう考えようが、少なくとも……この娘っ子は誰かに恨みを持っているようには見えなかったがな」


「……え?」


 アレックスは本気でおどろいた。

 レフィルはあれだけ、ミオ・スクルーズに怯えていた。


「罰を与えてんのさ、自分自身によぉ」


 自分自身。

 その言葉を聞いて、アレックスは思い出す。

 ある時期……レフィルが自傷を始めた時期の事を。


「まさか……聖女レフィル、貴女は……御自分を」


 敗走し逃げ始めた頃、レフィルはミオ・スクルーズの名を叫んでいた。

 しかし、それも長くはなかった。アレックスはそれを思い出した。

 そしてそれは、いつからだっただろうと。


「お前さんが思ってる通りだ。その娘っ子は、自分を一番に恨んでいる。自傷行為は、その表れだろう……怪我を気にしないのもな。精神的なものか、それとも頭の不可思議な現象のせいか、そればかりは分からんがの」


 モレノ医師は妻のパメラに何かを告げる。

 小さくポツリと。


「先生?」


「金はいい。その代わり、お前さんはここでしばらく働け。この娘っ子の治療を、儂らが出来るだけしてやる」


「……ですが我々は」


「お仲間さんがいるのでしょう?お連れになって構わないのよ?」


 我々という言葉で、既に複数人だと当たりがついていたようだ。


「しかし、我々のような厄介者がお世話になるわけには……ご迷惑となります」


「なぁにが迷惑だ。怪我をしてここから出ていってみろ。それこそ迷惑だ、儂は医者だぞ?こんな小さな診療所ではあるがなぁ」


「……」

(……少なくとも、レフィルが眠りにつけているのは事実だ。それもこんなに安らかな表情で、何に怯える事なく、静かに)


 しかしこの老夫婦に迷惑はかけられないと、そう考える。

 だが、一つの考えもよぎる。


(我々は、いったい何から逃げているんだ……彼が追手として来るかも知れないと、数年前の逃走時は考えていた。だが、そんな素振そぶりもなく逃げ続けてこれた)


 その内に【アルテア】の名を聞くようになり、そうして今、この【アーゼルの都】へ辿り着いた。道中での戦いも覚悟していたが、徒労に終わっている。

 結局、彼の眼中にないのだろうと……そう思える時間もあった。


「何を考えてるか分からんが、お前さんはこの娘っ子を守る事だけ考えればいい。別に死期が来るまでの間、優しくしてやれとは言わねぇ……人間なにがあるかは分からん。この黒い物体が、何らかの影響で治るかも知れねぇんだ……せめてそいつを期待するんだな」


「……」


 聖女レフィルの死期は近い。

 仲間内でも言われていた、聖女の終着点。

 それをまじまじと理解させられ、アレックスは……ここを命の終わる楽土へ出来ればと、そう思い至るのだった。

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