2ー7【かつて聖女と呼ばれて7】
◇かつて聖女と呼ばれて7◇三人称視点
その一瞬は、途方もなく
扉を大きく開け放ち、腰の短剣を抜いて
「――動くな!!」
声を出して、一瞬で状況を把握する。
中にレフィルがいれば救い出し、いなければ強盗のフリをして、何もせずに逃げ出す。そう考えていたのだが。
「……あらいらっしゃい、診察かしら?」
「今日はもう終いだぞ」
老婆に
二人でなんとも緊張感のないリアクションだった。
そしてアレックスは、入口の傍にあるソファーで眠る、レフィル・ブリストラーダを発見した。
「……聖女様っ!!」
ソファーに駆け寄り、レフィルの姿を確認した。
真っ先に目にしたのは……その黒いヴェール。
改良されているのか、完全に怪我の部分が見えないように工夫され、レフィル自身が
更には下部。
包帯が巻かれた足は丁寧に処理されていて、この処置をした人物の配慮が伺える。
「まさかこの施設……病院、なのか?」
「――ウチの嫁が診察と言ったろうが、話を聞けんのか若造が」
医師である
正論ではあるし、実際に奥さん……パメラがそう口にしている。
アレックスは警戒しながらも、医師である
「せ……いや、この方の処置は先生がなされたのですか?」
「だからそうしかないだろう?状況把握がなっとらんなぁ」
やれやれと、医師は肩を
いやに棘のある御仁だと、アレックスは少々参っていた。
しかし、敵意のない雰囲気に、聖女であるレフィルを治療してくれた経緯。
そして何より、聖女様……と声を荒げた事に対しても何事もなく済んだ事に、安堵したのだった。
◇
レフィルがここに辿り着いた経緯を聞いたアレックス。
老夫婦の治療院、
その妻、パメラ・バラバは味の薄い紅茶を出した。
アレックスはそれを一口頂き。
「……そうでしたか……ご迷惑を。しかしながら、我々には治療費を払える状況にはなく、出来る事と言えば戦う事か、力仕事しか……」
「なぁに言ってるのさ、こんなお嬢さんを放っておいたら、こっちが罰を受けるさね」
「……金はいつでも良い。それよりも、その娘っ子の現状は最悪だぞ?特に頭部……お前さんも分かってるんだろ?――その娘っ子、長くねぇ」
「……っ」
心を鷲掴みにされたような気分だった。
いや、奥底では気付いていた……気付いていたのだ、アレックスも部下たちも。
「この方は、数年まともに食事も取っておりません。睡眠も、五日に数時間眠ればマシな方でした……それに、精神的なものは我々には」
アレックスは首を振る。
日に日に
ローブで隠されてはいるが、そのローブの下は自傷行為による傷だらけ。
数年掛けてここまで回復したものの、肉体的にも精神的にも、限界が近いのではと、仲間内で話をしていた。
だからこそ、見捨てなかった……せめて、見届けようとしたのだ。
アレックスは続ける。
「我々が招いた事です。してしまった罪は許されません……ですが、我々は恨まずにはいられないのです。彼を……レフィルをこんな姿にした、あの少年を」
お門違いなのは百も承知。
しかし、その意思の拠り所は、彼に怒りを込める事でしか拭えなかったのだ。
「はっ、そいつぁひでぇ逆恨みだなぁ。つまり、自分たちが馬鹿をしでかして、そいでいて返り討ちにあったって事だろう?」
「……ええ、まさしくその通りです」
アレックスは苦虫を噛み潰したような顔で。
パメラは「おじいさん」と諌めるも。
「結局てめぇ可愛さで他人を恨むんだ、それが人間の本質だろうよ。幸せなやつを見たら腹が立つ、成功者の失敗がなによりの養分だ」
「……」
この【アーゼルの都】にも貧困街がある。
この診療所とて、場所で言えばそこにあたるのだ。
しかし医師モレノが言う言葉に、アレックスは言葉を返せなかった。その意味が、その言葉が、全て自分のやって来た人生だと、突き付けられたからだ。
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