2ー6【かつて聖女と呼ばれて6】



◇かつて聖女と呼ばれて6◇三人称視点


 あーだこーだ言いながらも、老夫婦はシスターヴェールの改造を始めていた。

 レフィルの意見など聞かず、ほぼ無視して。


「あ、そうだ。ワイヤーを入れましょうか。そうすれば空間が作れるでしょ?」


「黒い空間の上から被せるんだな。うむ、医療用のワイヤーがあったな。それを使えば良い」


 「頑丈だぞ」と笑う老爺ろうや

 老婆は早々に行動し、器用に裁縫を始める。


「……何が何だか……分からない……わ」


 椅子にもたれながら、レフィルの意識が遠ざかる。

 疲れと出血。それと……安堵が原因だった。

 思わぬ優しさに触れ、気が……緩んだ。




「かんせーい。ほらお嬢ちゃん、出来たわよ……って、あら」


「寝ちまったよ」


「あらあら、まるで子供のような寝顔ね」


「……言動を見れば分かるだろ。身体のデケェ子供だよこのお嬢ちゃんは」


 だから二人は助けた。

 泣くのを我慢する子供。大人ぶって怪我をする子供。

 あえて悪さをする、バカな子供……そう見えたのだ。





「――居たか?」


「い、いえ!すみません団長……私がついていながら」


「こっちにも居やせんでしたぜ」


「そうか」


 【アーゼルの都】の中心部。

 そこでいなくなったレフィルを探す三人。


「家の裏にいたのに……私」


 自分を責めるカルカ・レバノス。

 レフィルが家を出た時、真裏にいたのだ。


「気にする事はないぜレバノス、まさか聖女様が自分から行動するとは思わなかったんだし……それにたったの二分だぜ?まだ近くにいるさ」


 元・騎士のディルトン・レバノーラは、カルカを励ますように肩を叩く。


「ですが……」


 たったの二分。

 家の裏に薪を取りに行っただけ。

 その短い時間でレフィルはいなくなり、こうして三人は都の中央まで探しに来ていたのだ。


「聞き込みも必要だな。ディルトンは西、カルカは東を頼む」


 隊長のアレックスに焦りはない。

 今のレフィルでは遠くへは行けないと確信しているからだ。

 しかし懸念もある。今の弱りきった彼女に、悪漢などに襲われた場合の対処が出来るのか、という懸念だ。


「はい、アレックスさん」


「了解です」


 人数の足りなさは回数でカバー。

 アレックスも北と南を捜索する事にし、行動を開始する。


「……レフィル、貴女はいったいどうしたいのです……」


 数年の関係を経ているが、自分を見ただけであの少年を思い出し、狼狽ろうばいする女性。

 しかし、自分に力を授けてくれた事実は変わらない。


 アレックスは【奇跡きせき】の影響を受け、意識を奪われてはいた。

 しかし今は、もう解放されている。

 それなのに、アレックスは離れない。離れられないのだ……何故か。


何処どこへ……」


 拠点となるボロ家から離れ、市場で賑わう場所。

 先程の市場を通り過ぎると、それを見つける。


「……血?」


 地面を濡らす赤いもの。


(レフィルは裸足で出ている……この都、お世辞にも路上が綺麗ではないからな……足裏を負傷していてもおかしくはない)


 レフィルが足を怪我していると判断し、アレックスは血痕を辿る事とした。


「だいぶ出血しているな……」


 想像するだけで、自分の足が痛みそうな思いだった。

 鋭利な石に鉄片、硬い木の枝や虫の死骸。

 傷の付いた足でこれらを踏み歩いたのかと思うと。


 そして血痕を追い、その小さな小屋のような医療院を視野に入れる。


「まさか、拉致……ではないだろうな」


 静かな場所だ。

 更には立地も悪く、悪漢が徒党を組む場所だとも思えない。

 アレックスは慎重に近付き、入口まで血痕が残っている事を確認。


「何もなければそれでよし、だが……もしっ」


 最悪な事態まで想定し、アレックスは腰の短剣の柄へ手を伸ばす。

 もしかしたら悪漢にさらわれたのかもしれない。それともただ単に聖女が逃げ込んだだけなのか……慎重かつ大胆に、アレックスは突撃した。

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