2ー3【かつて聖女と呼ばれて3】



◇かつて聖女と呼ばれて3◇レフィル視点


 アタシの人生は、泥にまみれたような生き様だった。

 死んで転生して、聖女と称えられる能力を得ても……そのむなしさは埋められなくて。


 過去、アタシを転生させた【女神イエシアス】は言った。

 転生者は、ある意味女神に似た人選をされると。

 アタシとイエシアスが似ている?最初は馬鹿らしいと思ったし、信じなかった。

 でも……彼女は蠱惑こわくの神。人心を掌握し、人をおとしいれる事に長けた、悪女だ。


 女神は嘘を吐けない。

 それなのに、彼女は見事に転生者たちを騙す。

 アタシもその口だ。彼女に騙され、回収したという能力を渡されて調子に乗り、見事に女王……いえ、シャーロット・エレノアール・リードンセルクの手の平で踊った。


 死を呼ぶ女王。

 彼女の謎の力で死ぬ転生者を何人も見た。

 アタシが生かされたのは……惨めにも命乞いをしたからだ。

 その時から……前世と同じ、泥にまみれた瞬間だった。


「ん……こ、こは」


 夢を見ていた。

 リードンセルクの北の地で生まれ変わり、地道に過ごしていた時の夢を。

 自分が転生者だと記憶が戻った時も、そういえば地味に……慎重に過ごそうとしていたんだった。


「頭……い、痛い」


 起き上がって頭部を触る。

 ミオ・スクルーズという男にえぐり取られた頭部。

 ヴェールで隠しているけれど、そこには何もない。

 本来あるべき左側頭部が、ごっそりと削られているからだ。


「……罰、なのでしょうね」


 少し前までは痛みもなかった。

 【奇跡きせき】で麻痺をさせて、痛みを感じないようにしていたからだ。

 だけど、それも止めた。意味がないと、ようやく気付きたから。


「確かここは、帝国の中央の都、だったわね」


 右目だけでも随分と見れるようになった。

 左目は、側頭部と同じく消滅している。

 左の耳も、脳すらも。


 なのに、死ぬ事もなく生きている。

 あたしは、本当に罰を受けたんだ。

 みにくく、身体も心も汚くなって。


「……だ、だれか」


 誰もいない。

 アレックス・ライグザールも、カルカ・レバノスも。

 アタシに付いてきた騎士の誰も、ここにはいない。

 少し前の小屋のような、狭く汚い部屋に、アタシは一人……ポツンと。


「アレックス……カ、カルカ!」


 声がかすれる。久し振りに大きな声を出したからだ。

 まるで声を出す事を忘れていたかのように、絞り出した瞬間に声がかすれた。


「ゴホッゴホッ!……は、はぁ……はぁ」


 急激な喉の痛みにせる。

 喉を押さえて痛みを和らげ、膝を折ってしゃがみ込むと……そこに一枚、割れた鏡の破片が視界に入った。


「……っ!?」


 映るのは、黒いヴェールを纏った醜悪しゅうあくな女。

 顔の左半分を失った、死んでもおかしくない重症を負った……悪女の姿だった。


「ひっ……!!いやっ」


 脱兎のように、その場から走り出した。

 古い扉を開けると、日差しで焼け死んでしまうのではないかと思わせるような、そんな久し振りの太陽の光を浴びる。


 だけど、外にも誰もいなかった。


「そう、そうよね」


 アタシは彼らを操ったんだ。

 【奇跡きせき】などという擬物まがいものの力で、心を操り肉体を操り、姿形を変身させてまで。

 非人道的な行いを、あたしは平気で行ったのだから。


 歩き始める。

 ここが正確に何処なのかは分からないけれど、一人のアタシにはピッタリだ。


 見た所、ここは郊外のようだ。

 草木が生え放題で、手入れもされていない。

 足跡が少しだけあるから、きっとアレックスたちが逃げたのだろう……アタシを、ここへ置いて。


 二十数分歩いて、少しずつ街並みが見えてきた。

 風が強く、黒いヴェールが煽られる。


「……」


 ブワッ――と風がヴェールをめくる。

 左の顔半分、そこには黒く、解析も不明な物体でおおい隠されている。

 ゲームのバグのような、黒い絵の具で塗りつぶしたような、ダークマターだ。


「何処へ行けばいいんだろう……」


 めくれたヴェールを直し、失った顔を隠し。

 アタシは街……【アーゼルの都】の中心へ入った。

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