2ー2【かつて聖女と呼ばれて2】



◇かつて聖女と呼ばれて2◇


 【アーゼルの都】へ入ったアレックスたちは、ひっそりと移動をし待ち合わせの場所へ向かった。直ぐに到着し、目的である壊れかけの家は、この都の貧民たちが住む場所にあった。


 コンコン――


「……ディルトン、僕だ」


「――お入り下さい、団長」


 ゆっくりと扉が開く。

 その中は、非常に少ない物で限られていた。


「……ベッドがあるだけマシですね」


 カルカがつぶやくように。

 そういうのには理由がある。ベッドがあるだけマシ……その言葉通り、寝床もない場所で過ごした日々もある。


「そうだな。では……聖女様を休ませてあげてくれ」


 「はい」と、奥にある簡易ベッドにレフィルを連れて行くカルカ。

 その様子を見て、覆面の騎士ディルトンは。


「聖女様、まだ回復は見込めないようですね」


 残念そうに、肩をすくめてそう言う。

 彼も、数少ない【奇跡きせき】を受けていない人物だった。

 始めから聖女を心酔し、従う男なのだ。


「ああ。だがこうして出歩けるようになった……それだけでも充分さ」


 数年前、手痛い傷を負った聖女レフィルは、心身共に喪失状態だった。

 長い年月をかけて、こうして行動を起こせるようになったのは、確実にこのアレックス・ライグザールとカルカ・レバノスのおかげだろう。


「他の連中は?」


「散り散りになった団員もまだいるが、多くは諜報ちょうほう活動をしているよ……大きな騒動は起こせないからな。それに聖女様も、最初の頃は僕を見ただけで彼を思い出して、錯乱さくらんしていたからな」


「そうみたいですね。でも今は安定してるんでしょう?」


「ああ。どうやら、この風貌ならいいようだ」


「へへっ、似合ってますよ。御伽噺おとぎばなしに出てくるどこぞの盗賊のようですよ」


「……褒めているのか、それは」


 その物語はアレックスも知っている。

 野盗だった盗賊の少年が、魔女に騙されながらも王となる物語。

 その主人公は、今のアレックスと同じようにボサボサ頭の金髪だ。

 しかし結末は、“褒めているのか”……の中に多く含まれていた。


「はっはっはっ!死んじまいますからねぇ、主人公」


 そう、結末は……魔女の呪いと共に主人公は死ぬ。

 しかしその呪いと言うのは……魔女に掛けられた呪いを解き、解放するというもの。


(僕に、それが出来るのだろうか……)


 アレックスはベッドに横たわるレフィルを見る。

 御伽噺おとぎばなしの魔女……もしもそれがレフィルなのならば、自分はどうするべきなのか。

 このなぞられたような自分たちの物語の終止符を、どう打つべきなのか、考えずにはいられなかったのだ。


(彼女が再び聖女と、奇跡の聖女と呼ばれる日は……もう来ないかも知れない。だが、それでも……僕は)


 能力――【奇跡きせき】。


 それによって、身体も精神も操られていたアレックス・ライグザール。

 しかし今の彼は……その呪縛から解き放たれている。

 だが離れない。離れられなかったのだ。


「さてっと、そろそろ時間だな。団長、市場いちばが開かれますんで、買い出し手伝って下さいよ。そろそろそのボロっちい服も飽きてきた頃でしょう?」


「ん、ああ……そうだな、そうしよう。カルカ、レフィル様を頼んだぞ」


「はい、お任せを」


 ボロ小屋を出る二人。

 資金は心許こころもとないが、しかし食わずにはいられない。

 生きる為には仕事は必須。求めなければならない、仕事と金を。





 市場に男二人、並んで見て回る。

 覆面の男と野盗のような青年だ。


「いいもんですね、こういった平和も」


「……そうだな」


 自覚はしているのだ。


 二人は女王国の騎士。元とはいえ、帝国に攻め込んだ悪人。

 それがこうして都に紛れ、一時いっときであれ平和を感じる……随分と丸くなった、腑抜ふぬけたものだと思っている。


「お!この服いいじゃないっすか。買いましょうぜ!?」


「……確かに、紛れるには良い」


 それは帝国産のコートだ。

 安物ではあるが、材質も悪くはない。


「お目が高いねぇ!これは、【アルテア】の服屋から取り寄せた物なのよ?ここまで安く売れるのも、【アルテア】で金が回っている証拠さねぇ」


 店主の婦人が嬉しそうに言う。


(【アルテア】か。あの村があった東に起きたという、女神の集まる村……だったな)


「御婦人、これ三着頂くぜ!」


「あーいよ!毎度ー!!」


 提示された額を支払い、更に食料を買い、二人は戻る。

 どこの町や村に言っても聞くようになった【アルテア】というワード……その凄まじい勢いと力に、驚愕きょうがくさせられながら。

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