1ー40【反撃の口火7】



◇反撃の口火7◇


 アイシアが何故こんなにも回りくどい事をしてきたのか、始めはよく分からなかった。俺はこの二年、いや……もっと前からアイシアを避けていたから。

 幼馴染で許嫁。そんな長い付き合いの彼女を、身勝手にも傷付けたと思っていたからだ。


「さぁーてっと。ねぇ、次は何処に行くの?」


「ああ、目的地はもう決まってる、掴まってくれ」


「うんっ」


 元気よく俺の手を取るアイシア。

 傷付けたと思っていたこの子は、とても強い子だった。

 俺の事も、ミーティアの事も考えてくれていて、更に【アルテア】の女神という負担まで抱えさせてしまったのにもかかわらず、こうして気を回してくれる。


 俺との関係性を修繕しゅうぜんしてくれて、それがミーティアの願いだと。

 そうさ。俺だってこの数年、ミーティアに言われてきたさ……「アイシアと、今まで通りでいられないかな?」と。


「――【転移てんい】!」


 だけど出来なかったんだ。負い目があったから、逃げたかったから。

 表向きは良いさ……仕事なら、家族内なら構わない。

 だけど、二人きりになるのは極力避けた。

 アイシアが俺たち二人を一番に気にかけてくれている事に気づいていながら、それを気付かないフリをして。


 シュンッ――とテレポートをする。


 だから、アイシアがこうして今日……こういった時間を作ったのはきっと、それが能力によるものだと思った。

 でも今、それは違うと思った。アイシアは【代案される天運オルタナティブ・フォーチュン】を使用していない。

 だけど疑いようはない……これが、アイシアの本心。

 許嫁の関係だった。だからミーティアと関係を進めるのなら、俺はアイシアから離れるつもりだったんだ……それを、アイシアは否定してくれた。


 幼馴染に戻るだけ。

 言うのも考えるのも簡単だ。


「着いたよ、アイシア」


「うん。え……ここって」


 アイシアと幼馴染に戻る。

 それを否定して、避けていた俺が出来るのは、ゆっくりと実行すること。

 それを今日、気付かせてくれた。


「……ここは公国の南端、【サクレー港】だよ」


 アイシアの濃紫こむらさきの眼が大きく見開かれる。

 その瞳に映るのは……大海原。

 アイシアの心のように広い、母なる海だ。


「わぁ……凄い、初めて見たよ。これが海なんだね……」


 両手を胸の前で合わせて、アイシアは喜んでくれた。

 俺も去年ここに始めてきた時は、久し振りの海に感動したな……だから、アイシアにも味わって欲しかった。


「今日の、ちょっとしたお礼かな。アイシアにも、色々見て欲しいからさ……その、制限もあるだろ?」


「……うん、ありがとう!」


 アイシアは女神に成った事で、しばらく【アルテア】から出てはいけないらしい。

 それは神力を定着させ、村の人々からの信仰を確たるものにするためだとか。

 だから本当はここに連れてくるのも、他の女神に言わせれば禁止事項……怒られるかも。特にエリアルレーネ様に。


「なぁアイシア。俺たち、幼馴染……で、いいんだよな?」


 海を見るアイシアの背を見ながら。

 俺はズルズルと引きずっていた思いにケリを着ける。

 何よりミーティアが望んでくれていた……アイシアもそう思っている。


 そう……俺だって本当は。


 アイシアは振り返り、満面の笑みで。

 【微精霊フォトン】が輝く海の光を背に受けながら。


「――勿論よ。あたしは、これからもこれまでも、ミオ・スクルーズの一番の幼馴染なんだからっ!!」


「はははっ!!ガルスはいいのか!?」


 その言葉に、笑顔に、昔を思い出しながら。

 ここにはいないもう一人の幼馴染と三人、また戻れるんだ。

 築いていける。進んでいける。変わらない、変えられない。


 俺の言葉にアイシアはう〜んと考える素振そぶりだけして。


「ガルちゃんか……ガルちゃんはいいかな、トラブルメーカーだし!あははっ」


「はは!!確かにっ!」


 そんな扱いを受けているとも知らず、あいつは今日も訓練とかしてるんだろうな。

 ガルス・レダン。もう一人の幼馴染で、トラブルメーカー……そう言えば、あいつが子供の頃起こした事件から、俺の物語は進み始めたんだったな。


 やっぱり、切っても切り離せないんだな。

 幼馴染という、腐れ縁は。

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