1ー41【反撃の口火8】



◇反撃の口火8◇


 数十分間、二人で海を見ていた。

 当たり前だが、海に入る準備なんてしてないから、本当にただ眺めていただけだが。


「また来たいなぁ……海」


 アイシアがそうつぶやく。


「来れるさ、何度でも。この世界が平和になって、アイシアが自由に行動できるようになれば」


 叶えたいな、その願望。


「だといいな。ううん……そうしないとね」


「ああっ」


 夕刻に差し掛かり、アイシアの髪と同じオレンジ色の空が、俺たちを照らし始める。


「さて……そろそろ帰るか。エリアルレーネ様とかに怒られるし」


「あははっ、そうだね」


 思い当たる節しかない俺とアイシア。

 彼女は規律きりつに厳しく、運命がネジ曲がる事を良しとしない。

 それはアイシアの能力と正反対のように思えるが、アイシアの場合、運命を変えるのではなく、二者択一をさせる……というらしいので、可らしい。

 選択肢が一つしかない場合は、それが運命だと言うことだ。


「――あ、あのぉ……」


「「!」」


 おっと、話に夢中で【感知かんち】に気付かなかった。

 こういう時は危ないな。ウィズがいれば助言してくれるが、今はそれもないからな……気をつけないと。


 声の主は、男だった。


「えっと、君は……あ!」


 あれ……この細い男性。

 見覚えがある。二年前の公国内戦の際に……一度、会った記憶が。

 ああそうだ!【ルーガーディアン】の一人、ルーファウスの部下の女性、ソフィレット・ディルタソ……ディルたその元ご主人様じゃん!!


「ああ良かった、お忘れになられてしまったのかと……僕はハルバート家の、ユン・ハルバートです……お久しぶりです、ミオさん」


「ども、お久しぶりです。お身体は平気ですか?」


「ええ。ソフィも度々来てくれますし、【アルテア】から送られてくる新鮮な野菜に、この漁村の人々は感謝もありませんよ」


「いやいや、こちらも鮮度のいい魚介を提供してもらってますから……お愛顧あいこです」


「いえ、それもミオさんが作ってくれた……鮮度を保つ魔法道具のおかげですから」


 魚介は、クラウ姉さんが特に食べたがっていたからな。

 ベジタリアンのあの人は、先んじてこの漁村に訪れた。

 始めは任務に忠実、実に真面目だな……なんて思っていたのだが。

 裏を返せば、この【サクレー港】の新鮮魚介を買いおろしたかっただけだった。


「コルセスカ公の働きがあってこそですよ。彼が俺たちに協力してくれているからこそ、こうして良好な関係を築けるんです」


 ルーファウス・オル・コルセスカ公爵。

 今や公王となったルーファウスは、着々と公国内を治めてきている。

 なんだかセリスが対抗意識燃やしてるし、その内セリスが皇帝の座に着いたりしてな。


「そう言って頂けて、感謝しきりでございますよ……それで、そちらの女性は」


 ヘコヘコと頭を下げるユンさん。優しんだよな、この人。

 そして人が良いがゆえに、よく騙される。


「ああ、えっと」

(やべぇ、アイシアの事は……【アルテア】以外だと容姿を知られてないんだった)


「――初めまして、ハルバート殿。わたくしは……【女神オルディアナ】。またの名をアイシア・ロクッサと申します、今日は休みですので、アイシアとお呼びください」


「――め、【女神オルディアナ】さま!?」


 後退あとずさって驚くユン・ハルバート。

 この人リアクションデカいな……面白い。


「ええ、まぁ見ての通り、オフなので程々にお願いしますね」


「す、すみません!オルディアナさま……ではなく、アイシアさま」


「あはは、あたしの事は名前だけでいいですから」


 この場でだけは、な。


「それでユン殿、どうして俺たちに声を?」


「あ、ああ……えっと、あれなんだっけ」


 もしかしてアイシアが女神だと分かって、話の内容飛んじゃった?


「え〜〜〜あ!そうです、ミオさんにお渡ししたい物があってですね」


「俺にですか?」


 良いタイミングでこの漁村に来たな。

 これもアイシアのおかげか。


「はい。えと……こちらへお越しいただけますか?」


「分かりました、アイシア……行こうか」


「うん」


 そうして俺たち二人は、ユン・ハルバートの案内で漁村の倉庫へ向かう事になった。

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