第6話 女→男、卵焼きは甘いかしょっぱいか

「ここで式を変形して、xの3次関数の増減表を作って……」


 先生が淡々と黒板に数式を展開していく。習っている範囲は微分で元の世界と同じだが、授業のレベルがかなり高い。


 先生への質問も活発で、生徒もみんな意欲的に授業に取り組んでいる。

 女子はいい大学に行って高学歴な男と知り合うために、男子は医師や弁護士など稼げる職業について複数人の女性と結婚するためにと、みんな欲望に正直に生きている。

 

 いくら男子が少なくても一夫多妻制のため、3番目でも4番目でもエリート男性の妻の座の方が、平凡な男と結婚するよりはましという価値観がこの世界にはあるようで努力しないと、男というだけではモテないようだ。


 3時間目の世界史の授業が終わり、ようやく昼休みとなった。

 母が持たせてくれたお弁当箱を開ける。今までは自分がお弁当を作っていたので中身を知っていたが、久しぶりに中身のわからないワクワク感がある。


 お弁当の中身は、卵焼き、ウインナー、ミニハンバーグに彩りとしてミニトマトとブロッコリーが添えてあった。

 美味しそうなお弁当に心が踊る。


「東野君のお弁当美味しそう」


 お弁当に見とれているうちに、いつの間にか女子たちに囲まれていた。みんなかわいらしいお弁当を持ってきているところを見ると、一緒にお弁当を食べるようだ。

 左隣の席にいたはずの坂井さんがいつの間にかいなくなり、その席には北野さんが座っていた。


「東野君、部活入ってなんでしょ。休みの日って何してるの?」


 右隣の席に座っている後野佐紀が話しかけてきた。


「う~ん、読書かな?」

「読書って何読むの?」

「いろいろ読むよ、森鴎外とか芥川龍之介とか。あっ、もちろん軽めのラノベも読むよ」


 本当はラノベしか読まないが、ラノベが好きというのは公言するには少し照れくさい。文豪の名を出して、見栄を張ってみた。


「ラノベ、私も好きよ。今度貸してよ」

「いいよ。今度持ってくるね。好きなジャンルとかある?」

「う~んとね」

「佐紀、ラノベ好きって嘘じゃん。漫画しか読まないでしょ。この前、字ばっかりの本読むとすぐに眠くなるって言ってたじゃん」


 北野さんが突っ込みを入れ、後野さんは眉間にしわを寄せムッとした表情になった。

 ラノベ好きって嘘なの!?せっかく、ラノベについて語り合えると思ったのに、ちょっと残念。


「東野君、男子なのにそれだけじゃ足りないでしょ。私多めに作ってきたから、唐揚げと卵焼きどうぞ」


 北野さんはこちらの返事を待たずに、自分のお弁当箱から唐揚げと卵焼きを私のお弁当箱に入れた。

 たしかに北野さんのお弁当箱にまだ唐揚げと卵焼きが一つずつ残っているので、多めに作ってきたのは間違いないようだ。


「唐揚げ、家のと違う味付けで美味しい」

「うちは焼き肉のたれに漬けるけど、東野君のところは?」

「うちはニンニク醤油かな」


 ふ~ん、そんな作り方もあるんだ。今度作ってみようと思ったが、もうこの世界では台所に立つ必要がないことに気付く。


「うっ、この卵焼き甘い」

「ごめん、うちの卵焼き甘いんだ。口に合わなかった?」

「あっ、いや、ちょっとびっくりしただけで、美味しいよ」

「良かった」


 一瞬曇った北野さんの表情が明るくなって、ほっとした。

 卵焼きはふんわりと柔らかく、甘くて美味しかった。甘いのを食べると無条件で顔がほころぶ。


「気に入ったなら、もう少し食べる?」


 北野さんが自分のお弁当の卵焼きを箸でつまんで、僕の顔の前に近づけてきた。これは食べろと言ってるのか?

 断ってニコニコと微笑んでいる北野さんを悲しませるのも悪い気がして、差し出された卵焼きを一口で口の中に入れた。


 昼休みが終わると掃除の時間を挟んで午後の授業が始まる。

 今日の4時間目は体育。体操服に着替えテニスコートへと移動した。

 合同で行う隣のクラスの男子をあわせても合計で9人。やっぱり男子が少ない。


 準備体操をしていると、ポニーテールを揺らしながら北野さんがコートに入ってきた。


「男子、一人休みで奇数でしょ。それで、人数合わせに呼ばれちゃった」


 隣にやってきた北野さんが、聞いてもいないのに来た理由を話し始めた。


「東野君、テニスやったことある?」

「いや、初めて」

「だったら、教えてあげる。私、中学はテニス部で部長やってんだ」


 他の男子はみんなテニスやったことあるみたいで、それぞれペアを組んでボールを打ち始めた。

 残された私は北野さんの個人レッスンを受けることになった。


「こうやってラケット握ってね」

「こう?」

「もう少し下かな?この辺」


 北野さんが私の手を触り、ラケットの持ち方を教えてくれる。


「じゃ、それでちょっと素振りしてみて。こんな感じ」


 北野さんの見様見真似で、ラケットを素振りした。


「うーん、体をもう少し開いて前を向いたほうがいいね。肘はもう少し上かな」


 そういって北野さんが文字通り手取り足取りでフォームを修正した。


「じゃ、そろそろボール打ってみようか」


 北野さんの山なりのゆるいサーブから、ラリーが始まった。

 初心者の私が変なところに打っても、北野さんが打ちやすい位置にボールを返してくれるので、初心者の私でもラリーを続けることができる。


 テニスが楽しくなってきて、夢中でボールを追い打ち返す。


「は~い、そろそろ終わりにして、片づけ始めて」


 先生の合図で体育の授業が終わった。テニスは運動量が激しく、10月というのにかなり汗をかいてしまった。


「東野君、タオル持ってきてないの?」

「うん、必要と思わなくて」

「だったら、これ使って」


 北野さんが渡してくれたタオルで汗を拭いた。


「ありがとう、洗濯して返すね」

「いいよ。そのままで」


 元の世界では誰かに親切にされることがなかったので、北野さんのお節介ともいえる行動も有難く感じる。

 こっちの世界のほうが居心地がいい。夢なら覚めないでくれと願う。


 


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