第4話 女→男、男になって戸惑う

  5時半に目覚まし時計が鳴り、東野遥は目を覚ました。いつもなら時計が鳴る前の5時25分ぐらいに自然に目が覚めているのに、なぜか今日は起きれなかった。


 目覚まし時計の音がうるさいと、あとで陸人に怒られてしまう。それは仕方ないとして、早く1階に降りてみんなの朝ごはんとお父様と陸人のお弁当を作らないと。

 はやる気持ちを抑えて足音を立てずに階段を降り、まずはトイレを済ませることにした。


 トイレに入り便座にまたがったとき、股間に見慣れない物体があるのに気付いた。おそるおそる確認してみると、1本の管のようなものの下にふくらみ部分があり、そのふくらみを触ってみるとコロコロと玉のようなものが二つ入っているようだ。

 もしかして、これが保健体育で習った金玉というものだろうか?それが、何故女の私に?


 ひょっとして?髪の毛に手を当ててみる思ったとおり、肩まであったはずの髪の毛は短くなっていた。胸もさわってみると、ささやかながらあった胸のふくらみがなくなっていた。

 トイレを出た後、洗面台で自分の顔を確認すると目や鼻のパーツは前の面影を残しているが、顎がシャープになって全体的に面長になっており、男の顔になっていた。


 これって、転生ってやつ!?


 生まれ変わったんだ。舞台設定はどうなっている?ラノベマイスターの血が騒いできた。

 家の間取りは変わらないところを見ると、現代と変わらない設定のようだ。どうせ転生するならファンタジーの世界で勇者になってみたかったが、贅沢は言ってられない。


 リビングに出ると、母が台所に立ち朝ごはんとお弁当を作っていた。


「遥斗さん、おはよう」


 そっか、名前も変わって遥斗っていうんだ。さりげなく教えてくれた母に感謝した。


「まだ6時前よ。今日は早いわね」

「ちょっと、早く目が覚めちゃって」

「朝ごはん、食べる?食べるなら、お弁当より先に作るけど」

「いや、いい。テレビでも見ておく」


 リビングのソファに腰かけて、テレビをつけた。どうやらこの世界では、前の世界と違って家事はしなくてよさそうだ。

 安心してテレビのニュース番組を見始めた。


「お兄様、おはようございます」


 弟の陸人が起きてきたみたいだ。こちらの世界では、私の方が長男で跡継ぎのようなので敬語で話している。

 いままで敬語を使ってきた相手から、敬語を使われると違和感があるがすぐになれるだろう。


「総務省が昨年の人口統計を発表しました。それによりますと、男子の出生数は35年連続で低下しており、去年生まれた新生児に占める男子の割合が8.3%、総人口に占める男性の割合は10%を切って9.9%となり、いずれも過去最低を記録しました」


 テレビの女子アナが淡々とニュースを読み上げた。元の世界にはない設定に、ラノベマイスターのセンサーが反応した。

 これはひょっとして、貞操逆転世界ってやつ?男に生まれ変われただけでもラッキーなのに、ましてや男が少なく大切に世界に転生。思わず、「ダブルでお得」とCMでおなじみの煽り文句が口から洩れた。


「朝ごはん、できたよ」


 母の掛け声に合わせて、陸人と二人リビングのテーブルに向かった。テーブルの上には、ご飯と味噌汁と塩シャケが3セット並んでいた。一つ足りない。


「いただきます」


 一つ足りないことを気にする様子もない陸人が食べ始めたので、それにあわせて朝ごはんを食べ始めた。


「お茶、どうぞ」


 母が淹れてきたお茶をテーブルに置いたあと、席に座り「いただきます」といい、箸を手に取った。


 朝ごはんセットの残り一つは母の分のようだった。元の世界だと父親を待たずに母が朝ごはんを食べることはあり得なかった。


「お父様は?」

「遥斗さん、今日は火曜日でしょ。お父様なら今日の夜帰ってくるよ」

「あっ、そうだった。早く起きすぎて寝ぼけちゃった」


 適当に話を合わせてごまかしたが、父親は曜日ごとに来る日が決まっているようだ。


「あっつ、そうだった。頂き物の海苔があったんだった、食べる?」

「うん」


 母が出してくれた海苔に醤油を垂らして、ご飯とともに頂く。そして、味噌汁を一口。久しぶりに自分が作ったもの以外を口にした。味噌汁の出汁の味と味噌の風味が一層美味しく感じた。


 自転車を漕いで学校へと向かう。男の体の筋力は女子とは大違いで、一段重たいギアでもすいすい漕げる。

 いつもなら20分かかる学校までの道のりが、15分で着いてしまった。


 通学途中街の様子を観察すると、今までとほとんど変わらないが、すれ違う人はやっぱり女性が多い。

 学校が近づくにつれ、同じ制服を着た男子生徒を見かけるようになった。みんな漏れなく女子と一緒に登校している。


「東野君、おはよ」


 駐輪所に自転車を止めると、待ち構えていたように女子が近寄ってきた。元の世界にもいた北野真由だ。


 駐輪所から教室まで成り行きで一緒に行くことになってしまった。肩が触れ合う距離で同じクラスの男女というには距離感が近い。

 男のほうが少ないということで、女子のほうが積極的な世界のようだ。


 教室に入ると女子生徒の半分くらいは元の世界と同じようだ。


「東野君、今度の日曜日なんだけどカラオケ行かない?」

「それよりも、うちの吹奏楽部今度の日曜、定期演奏会なんだ。よかったらどう?チケットあげるよ」


 席に着くなり、女子たちが一斉に近寄ってきた。男であるというだけでモテることが定番の貞操逆転世界だが、実際その立場になってみると嬉しいというより困惑してしまう。


 女子たちの誘いを必死に断りながら、窓際に座っている女子生徒に妙な既視感を覚えた。


 トイレに行くふりをして席を立ち、教卓にある座席表でその子の名前を確認してみる。西宮理沙。元の世界にも西宮理人という男子はいたことを思い出した。

 そう思ってみると、目や鼻が少し似てなくもない。ひょっとして、彼いや彼女も転生だったりして。

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