第2話 女→男、男に生まれ変わりたいと願う

 東野遥は学校からの帰り道を急いでいた。途中、本屋に寄ったので門限の5時まであとわずかしかない。


 家に帰りつき、腕時計で時間を確認すると4時55分。間に合ったっことにホッとする。少し余裕があるので、カバンから本屋で買ってきた本を取り出した。

 「入試必出!英単語1000」のカバーを外し、一緒に買ってきた「ネクラな私が、お姫様に生まれ変わった件」に付け替える。


「ただいま」

「もう、5時よ。どこをほっつき歩いてたの!」

「ごめんなさい、着替えてすぐに夕ご飯作ります」


 門限の5時に間に合ったとはいえ、ギリギリだったことで母の機嫌は悪い。自室に戻り、買ってきた本を本棚に並べ、制服から部屋着へと着替える。


 着替え終わるとすぐに台所へと向かい、母と一緒に夕ご飯づくりを始める。由緒正しくこの地域では有名な建築会社を経営する父親に嫁いだ母は、良妻賢母を良しとして娘である私への躾は厳しい。


 歩き方や仕草など女の子らしいふるまいを文字通り箸の上げ下ろしに至るまで指摘され、持ち物もキャラクターものは許されず地味なものばかりだ。

 私服も同級生が着ているようなかわいい服は買ってももらえず、母のおさがりのダサい服しか持っていない。


「お母さん、今度クラスの友達と遊びに行ってもいい?」


 味噌汁に使うニンジンをいちょう切りしながら母に尋ねた。


「どこに?」

「カラオケ……」


 煮物に使う大根の面取りをしていた包丁の手が止めてまで尋問のような聞き方をする母親の圧力に負け、思わず小声で返事してしまう。


「ダメに決まってるでしょ、カラオケなんて。不良の始まりです」


 やっぱり却下された。だから行先言いたくなかったのに。せっかくクラスメイトの由紀子が気を利かせて、普段友達付き合いの少ない私を誘ってくれたのに、明日断らないと。


「ただいま」


 夕ご飯の仕込みを大体終えたところで、弟の陸人が帰ってきた。


「あ~、疲れた」


 バスケ部の部活で疲れたのか、帰る早々制服から着替えることなくソファにダイブした。

 私が同じことをしたら、はしたないといわれ間違いなく怒られてしまうが、長男で跡継ぎでもある陸人には母親は甘く、何も注意しない。


「陸人さん、ご飯できましたよ」


 弟といえども長男で跡継ぎのため弟が中学生になって以降は、母からさん付けして敬語を使うように言われた。


「ああ、わかったよ」


 私が敬語を使うことで陸人も私のことを下に見るようになり、ぞんざいな口の利き方となってしまった。

 いつもなら晩御飯は父親が帰ってくるのを待ってからとなるが、今日は取引先からの接待があるということで、帰りを待たずに晩御飯が始まった。


「母さん、俺もそろそろスマホ欲しい」

「そうね、陸人も中学2年生だもんね。今度、お父様に聞いてみるね」

「私も欲しい。クラスで持ってないの私だけだよ」

「遥はダメ。スマホなんて持ったら、変な男とやり取りするようになるでしょ」

「でも、ほかの女子もみんな持ってるし」

「よそはよそ、うちはうちです」


 母は箸をおいてぴしゃりと言い切ったため、これ以上は無理だと悟った。


 夕ご飯を食べ終わるとリビングでテレビを見ている陸人を横目に食器を洗い、お風呂を済ませ自室へと戻ることには9時を回っていた。

 これから11時の就寝までが家での唯一の自由時間だ。この自由時間を確保するために、宿題や予習などは学校の休み時間でできる限り片づけることにしている。


 宿題の残りをさっと片付けて、本棚から今日買ってきた「入試必出!英単語1000」を取り出す。本棚には他にも森鴎外や芥川龍之介など文豪の作品が並んでいるが、中身はみんなラノベにすり替えてある。

 ラノベなんて母親に見つかったら捨てられてしまう。


 ベッドに寝転がりながらラノベを読む。至福の時間だ。ラノベにはいろんなジャンルがあるが、とりわけ転生物が好きだ。

 勇者に生まれ変わって魔王を倒したり、ゲームの世界に転生して活躍したりと、現実を忘れさせてくれる設定が好きだ。


 夢中で本を読んでいたら、10時55分となっていた。11時過ぎて起きていると母親から怒られるので、続きは気になるが今日は寝るとしよう。

 布団をかぶり私もラノベのように朝起きたら別世界に転生していないかなと妄想しながら眠りにつく。


 母親が階段を上がってくる音が聞こえる。そのあと、音をたてないように自室のドアが少し開く。母親は寝ているふりをしている私の姿を見て、階段を下りていく。

 こんながんじがらめな家から早く出ていきたい。あるいは、生まれ変わって男になって自由に生きていたい。

 



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