第75話 視察
朝寒さに目覚め、玄関先においてある灯油のポリタンクから蓋を外して、おもむろに入れ終えると、灯油の匂いの付いた手を嗅ぐのが日課になっていた。
サンダルを履き、玄関先に出て見ると一面雪景色でそれは見事だった。11月頃は、雲海も広がるほどの、高さの山の上に借りてる家だったので、ここらへん一帯の町並みは、崩れた崖から一望できた。
なかなか落ち着かない山暮らしだったが、景色だけは最高である。それと、近くに家がないというのも好条件ではあった。
2月に入りまだまだ寒い日が続いていたそんな最中だった。昼間もヘリの音の回数が20数回と少ない日もあったので、たまに自宅に1日過ごしてる日も稀にあった。
ある日の午前中、作業服を着た人が2人で庭先をうろうろしていた。無線機を使って誰かと話ながらいろいろ崖を調べているらしかった。自宅から、崖は3メートル先。ほぼ目の前だ。突き当りに私達の借りてる家がある為人が入ってくると、驚きを隠せない。
思わず私は出て行き、作業員に話かけた。
「何かされてるのですか?」
「来月辺りに、ここの崖崩れの工事に入ると思います、その視察に来ました。重機が何台も入ると思うので、自宅の車を置くスペースはないと思って下さい」
「工事は、何時から何時までするのですか?」
「8時から、16時30分までで、日曜日はお休みです、工事の間に車の出入りとかは出来ないので、昼間はいらっしゃらないんですよね?」
「出来るだけ、外には出掛けるつもりではいますが、朝8時から始まるって事は、実際には、もっと早く重機は入るのですか?」
「7時頃には、入ってますね」
「あの……この工事、どのくらいの期間続くのですか?」
「最短で2か月だね」
ということはそれより前の時間に出なければならない。毎日出掛けて、しかも何ヶ月も続く。なんか、また途方にくれてしまった。
まだ新しい住居が見つからなかった。実際、住む所がなければ、移動は不可能だ。大家さんにも、そこは了解をしてもらっていたのだ。
新しい住居を探しつつ、昼間はあてもなくドライブしていたが、前に遅い車が走っていると、尚文はその都度「わざと、嫌がらせでトロトロ走ってる!」と怒り、後ろから煽られると、「威嚇された!」とイライラしていた。
相変わらず、左側から鉢合わせになる車や、左側でやってる工事を避けられないと、殴られたり、あまりにもそれが続くと、今度は運転中に、お財布から現金を万札で、罰だといい抜き取られた。
ヒート・アップしていく、尚文の言動や態度に私は怖くなり、対応が出来なくなっていた。いつの間にか、びくびく怯える日が続いていた。家に帰って来ても、ちょっとした言い間違いで、抗論して携帯を取られたり、物で殴られたりする日々も続いた。
ぽつんと一軒家の隔離された家で、孤独だった。助けを呼びたくても呼べない辺境の土地だった。
そんな時にSNSで話しを聞いてくれた友人が「何かあったら警察に連絡してあげる」って言ってくれた言葉が耳に残って勇気づけられた。
――そうだ、もう限界だ。警察に連絡しよう。
そう思った私は、携帯を尚文に奪われていたが、緊急用に1台そんな事もあろうかと、契約しておいたもう一台の機種で、尚文がトイレに立った隙に、110を押していた。
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