第18話 怪しい住人
マンションやアパートなどの共同生活はトラブルがあるので今度は一軒家の借家を探すことにした。
あまり、時間がない。
解約の日は来月まで迫っていた。
夫の京介が暮らすマンションの部屋では暮らせない。
騒音問題のトラブルは、解決していないし、もううんざりだった。
兄の見舞い。
入院の手続き。
身の回りの生活用品の用意。
施設の人との打ち合わせ。
病状についての医師との面談。
今後の治療費のやりくり。
私がやらなければならないことは、山積みであった。
まだこの頃は私はペーパードライバーで、自動車を持っていなかった。
病院へ通うのも正直なところ楽ではなかった。
この頃尚文が、高校の単位を落としてしまった。
原因は、家探しや兄の病院通いに尚文も同行させていたので、まともに通学できなくなっていた。
何度か、私は学校に面談に行って話を聞くと、担任の教師から、高卒認定試験があることを教えてもらった。
参考書を買ってもろくに勉強をしなかった尚文だったが、この時は必死に2日で14単位と取ることで無事、高校を卒業した。
担任からは卒業生でこんなに一度に単位をとった生徒は見たことないと言われて、尚文は少し複雑な心境だった。
卒業式は、卒業証明書と記念品だけ担任に受け取りに行くという、簡単なものだった。
尚文は、中学三年の三学期にも不登校になり、やはり卒業式には出ていなかった。
2度目の不在の卒業式だからか、軽い気持ちで卒業証書を受け取りに行ったようだ。
尚文が高卒認定試験に合格した頃、あとは卒業式を残すのみなので思いきって、私は田舎の一軒家へ引っ越す事を考えていた。
人の多い街の物件でトラブルが起きるなら、人の少ない田舎なら大丈夫だろうという、安直な考えからだった。
知りあいはいない土地だけど、私が幼い頃に住んでいた土地なので、安心出来ると思って選んだ。
兄の入院している病院の近くにしようかとも考えた。
病院は街中だったので、ますます通いにくくなるが、田舎の物件へ引っ越すことにした。
住みやすそうな一軒家があったので、引っ越してみた。
仕事の方もそろそろ再開したいので、職安へ行き、田舎のあたりで紹介してもらい面接を受けた。
昼間は兄の病院に行かねばならないため、夜間に働くビジネスホテルに就職してみた。
睡眠時間の確保はきびしい。
でも、週3回の病院通いなので、なんとか気合いで乗りきっていた。
引っ越しをした当日、引っ越し屋さんが気になる事を言っていた。
「ここですか?」
「え、何かありましたか?」
「ここの近くに親戚住んでるんですけど、あまりいい噂をきかないです。ここらへんは引っ越し多くて……まあ、何かあったら大家さんに言った方がいいですよ」
いきなり、変な事言われたけど、前向き考えて、あまり深く考えないことにした。
まあ、スイッチ入れても電気は点かず、換気扇からボロボロと土埃が落ちてきた。
テレビもチューナーの設置が悪く電波の都合でうまく映らない。
水洗トイレがすぐ詰まる。
いろいろあった。
その都度、連絡して対応してもらっていた。
引っ越しのトラックから、荷物をおろしていた時、近所の人がジロジロ、家から出てきて私たちを見ていたのは気になる感じだった。
こちらをみながら、こそこそ何か話してる様子だった。
今度は、引っ越しの挨拶をきちんとしようと思い、しっかり準備していた。
でも部屋に電気がついていても、何度訪問しても出て来てくれないお宅もあった。
一週間後、警察が家に訪ねてきた。
下着泥棒がここらへんに出てと、犯人の似顔絵を見せられた。
推定年齢、身長、顔立ちも、尚文そっくりで、驚いた。
(このへんに下着泥棒なんているの?)
尚文を犯人に仕立て上げようとした人が近所にいるのかと、疑問に思った。
仕事は少し慣れてきた。ビジネスホテルのテレビでニュースをみた。
近くで殺人事件があったという報道だった。
心配になり帰宅すると尚文が夜、寝ている時に、近所の人が深夜の1時過ぎにサンダルのペタッペタッという音を鳴らし、懐中電灯を照らして、家の窓を覗いて、家のまわりを一周したらしい。
家の裏手は、個人の敷地なので入れないはずなのだ。
しかし、そこも歩き回って、お風呂場の窓や台所の窓を懐中電灯の明かりで照らされて、怖い思いをしたという。
一軒家の借家は、居間と寝室の窓が特注でサイズが大きく、なかなか合うカーテンが手に入らなかったため、まだ取りつけていなかった。
これまで何十年も、この地域で殺人事件なんてなかった。
カーテンも用意できていない状況で、尚文が一人の時にかぎって、誰かに不審な行動をされるとは。
本当に悪いタイミングが重なった。
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