第14話 忠実に実行

トラブル続きでも、私は履歴書と職務経歴書をPCで作成していた。

私が働かないと、というあせりもあった。


尚文は、月に数日とはいえ嫌々ながら登校していた。


登校中に、真冬だったせいか歩いてる人がわざと咳をかけてくるような気がするらしい。

それがかつての威嚇のように感じ、嫌な気分なのだ。


そのため尚文は近くの学校まで行くのも、億劫になっていた。


私が買い物に出かけているとき、また不動産から連絡が入った。


「息子さんが、花火をマンション内で鳴らしているみたいなんです。住民の迷惑になるので止めさせて下さい。苦情が上がっています」


慌てて帰宅して、尚文に事情を聞いた。

下の階から、天井を何かで突かれたような音がした上に、大声で何か叫ばれた。


下の部屋の様子をイライラして確認に行くと、相変わらず玄関ドアは全開で、テレビを凄いボリューム鳴らして響かせている。

尚文はかなり頭に来たので、おもちゃの火薬ピストルを、共用部の階段から外に向かって鳴らしたという。


「世間では皆やられたらやり返してる」


いつぞやの警察官の教えを尚文は忠実に実行した。


尚文なりにどうしたら、音を音で返せるか考えた末の結論だったのかもしれない。


連絡してきた不動産には、過去の出来事と、この物件に入居してからのことをすべて話した。


それから、数日後、向いの部屋の大学生が引っ越して行った。

時期も三月半ば。

卒業か、就職時期なのだと思っていた。


ところがそれから一週間後、不動産から一通の封筒が届いた。


内容は、私たちが暴れて近隣に迷惑をかけたから退去するようよう命じるものだった。


「周りの住民も、あなたがたのせいで退去した為、その分の家賃も賠償金として支払って欲しい。

501号室(引っ越した大学生)だけではなく、502号室もあなた方のせいで、来月引っ越すことになっている。損害賠償金を請求する。賠償金を支払い速やかに来月末には退去を命じる」


ずらずらとこうした内容が書かれていた。


損害賠償の請求額は、54万円。

入居するのに28万ほどかかっている。

まだ2ヶ月しか住んでないのに、賠償金請求つきの強制退去。


なんとかならないものかと、知り合いの行政書士の方に相談した。


「これは随分、恐喝みたいな事をする不動産ですね。もちろん訴えて賠償金を払わない事も出来る。けれども、そこまでやる不動産だから、後々何されるか分かりませんよ」


もう私は、かなり疲れていたので、母の遺産から、請求された賠償金を払ってしまった。


また、多額の現金を失い、行き場をなくしてしまった。


私と尚文は、再び京介のいるマンションに荷物をあずけ、ビジネスホテル泊まりで、新たな住居を探し始めた。


桜が咲く少し前の季節のことだった。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る