第8話 居場所がない


 尚文は、カラオケボックスに逃げこみ続けてていた。


 カラオケボックスは、尚文にとって唯一居られる場だった。

ところが、そのカラオケボックスも、尚文にとって憩いの場ではないことに気づいていった。


 尚文が歌いだすと隣の部屋からドン、ドンドンと、壁を蹴られる音がする。

 歌いにくいように、隣の部屋から大音量で音楽を鳴らされる。

また、隣室で同じ歌を入力される始末だ。


 甲高い笑い声と

「アニソンばっかでキモーイ」

と嫌味を言う女子高生らしい声が尚文に聞こえてくる。


 入口のドアの曇りガラスに、室内をちらちらとを覗く人影がある。

相手の顔は見えないが、気分が良いものではない。


 また別の日、尚文が歌ってる最中に、掃除道具を持った店員が「失礼します」と入って来た。


 ドアを全開にして、掃除道具を部屋に入れると、尚文の存在を無視してテーブル拭き始める。


 普通の店の接客では考えられない事がしばしば起きた。


 また別のカラオケ屋で、部屋に入ってドリンクバーを注文してもまったくグラスを持ってくる感じがなかった。

通常なら、利用客は部屋に通されると、すぐに店員がドリンクバーのグラスを持ってくる。

その時に、食事の注文のしかたの説明をされるはずの所だ。


 ドリンクバーの料金は室料に含まれてるので、尚文は何も飲まないのは損なような気がした。

 しかし、店員を呼びつけるのもめんどうだったので、ドリンクバーを利用せずに、歌い終わると、そのまま室料を精算しようとした。

すると、店員に咎められた。


「お客さん、ワンオーダー分を払って下さい」

「ん?」


 どうやら、飲み物でも食べ物でも、ワンオーダー頼まないといけないシステムの店だったらしい。


 初めての客なのに説明もされなかった。

店員はドリンクバー用のグラスも部屋へ持って来なかった。

食べ物の持ち帰りも衛生上出来ないらしい。


 カラオケボックスのその日の担当の店員によって、雑な店員の日には、トラブルが起きる。

 尚文にとって、カラオケボックスもまた、ゆったりとくつろげる安心感がある場所ではなかった。


 この当時、カラオケボックスには、こんな張り紙をよく見かけた。


「当カラオケ店の壁に破壊行為を行った場合には、金十万円を弁償して頂きます。もしも支払わない場合には、警察に通報致しますので、あらかじめご了承下さい」


 といったような張り紙までされるほど、壁殴り行為や壁蹴り行為が、激しく行われていた。


 尚文は、だんだんカラオケボックスにも居場所をなくしていった。


 私が仕事を辞めるまでに、引き継ぎの都合で一ヶ月ほどかかっている間にも、尚文はずっと生きづらさを感じ続けていた。




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