第5話 嘘つき
それぞれ不安を抱えてはいたが、それでも生活は続いている。
たとえば学校では、休憩時間にトイレに立って席を空ける。
すると、戻ったときには、自分の机と椅子を他の生徒に占領されて授業が始まる前まで、尚文は自分の席を自由に使えない日々を送っていた。
廊下に出ても、わざわざ追いかけ回されることもあった。
大人しく、自分から言い返せない尚文は嫌がらせを受けていた。
そんなある日、いじめに関するアンケート用紙が、教師から生徒たちに配布された。
内容はいじめを受けてる人やいじめを見たことのある人は、詳細を記入し提出するというものだった。
いじめに関するアンケート用紙を、私は尚文から見せられた。
尚文が学校でのいじめられていることを私は聞いていた。
学校側はいじめの事実を公表し、外部の第三者による委員会を立てるべき、と私は尚文の代わりに記入した。
後日アンケート用紙を提出した尚文は、担任から呼び出された。
アンケートの回答をなかったことにして、消しゴムで全部自分で消させられたらしい。
中学生の時にも、学校で似たような事があった。
いじめに関する調査のアンケート用紙を担任が持ってきて、
「これから、このいじめのアンケート調査の用紙を記入して提出してもらうが、おかしなことを書いたらどうなるのか、良く考えて書くように。わかったな!」
教師は生徒を威圧した上でアンケート用紙を配布した。
さらに、生徒たちに考える時間を与えず、1分ほどで回収したと、尚文から聞いてあきれた。
学校側は、生徒をいじめから守るつもりはなく、我が校にはいじめの事実はないという証拠にするためにアンケートを実施している。
体裁を守るのは、どの組織でも同じなのだとつくづく感じた。
学校側の対応に呆れた気持ちと、いじめに対する苛立ちは、行き場を失っていた。
上の住民は相変わらず私たちの監視を続けていた。
私と夫が、深夜に近くのコンビニまで買い物に出かけた時も、上の住人は、私たちと同時に部屋からわざわざ出てきて、シーンとした外で、まだよく響く咳払いを、わざとらしく繰り返していた。
そんなある日、尚文と私が昼間買い物に出かけた。
するといつものように、上の住民が出てきて、じっとこちらを見ていた。
これはシャッターチャンス、と考えた尚文は、スマホのカメラで、こちらを見つめている上の住民の様子を連写で撮影した。
あわてて室内へ逃げていく姿がとらえられていた。
証拠写真は、バッチリ撮れた。
画像には上の住人の表情が変わっていく様子が鮮明に撮れている。
(これはいける!)
この証拠の画像を尚文と一緒に近くの交番に駆け込んで、警官に見せながら説明した。
「この人、ストーカーなんです」
尚文は警察官にはっきりと言いきった。私はそのあと状況の説明を追加した。
「いつも私たちの部屋の物音に聞き耳立てていて、あとあからさまに威嚇してきて、すごく怖いんです。こんな時代なので、何が起きるか分からないので、確認して注意して頂けませんか?」
すると警察官は、私たちに指示を出した。
「とりあえず、確認してみます。ですが、お願いしたいことがあります。私たちが確認するために、この人と話をしている間、あなたたちは近かづかないで下さい。相手が感情的になってしまっても、危ないので」
そんな約束をして、警察官に対応してもらう事になった。
私たちは警官と上の住民が話しているあいだ、少し離れた階段のあたりから、会話のやり取りに、そっと聞き耳を立てていた。
「これは、あなたですね?」
「はい、そうです。間違いありません」
「あなたはなんで、そんな事したの?」
「ああ、自分の車を見ていただけですよ」
「そうなんですね……誤解なされる方もいらっしゃるので、ちょっと注意してください」
「わかりました」
そんなはずはない。
それにしても上手く切り抜けたものだ。
確かに目の前に駐車場はある。
けれど、その玄関前の位置からは、その住人の車は、どう頑張っても見える位置にはない。
上の住人に嘘をつかれて苛立った私は、つい警察官との約束を破り、近づいて話しかけた。
「いや、私たち家族が部屋から出入りするたびに、わざわざ自分も部屋から出てきて、つけまわすみたいに、威嚇なさってますよね?」
「……そんな事してませんよ」
「あー、そちらがその気なら、出るとこに出てもいいですよ」
「かまいません。裁判でも何でもお好きにどうぞ」
話していても、しらばっくれた相手の態度に、私の怒りはますます収まらなかった。
そこで毎日の上の住人の騒音を、ICレコーダーで録音、さらにノートに記入して記録した。
私は訴えるための準備を、苛立ちながらも、少しずつだが進めることにした。
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