第4話 父との確執

「なあ、美和、俺、会社、辞めるよ」

「そう……わかった」


上の階の住人との関係がこじれている真っ最中に、夫の京介は、長年勤めてきた会社を辞めた。


私にしばらく迷っていると、愚痴のように相談していた。


「そっか、辞めてもいいんじゃない、お給料もカットになるんでしょう。無理してもつらいでしょう?」


と気落ちしている様子の夫に、私も言っていた。


私自身も、自分の職場でのパワハラに悩んでいた上に、上の階の住人の嫌がらせに怯えていたこともあり、疲れていた。


夫がどんな悩みを抱えているかを、私にはもう気づかう気持ちの余裕がなくなっていた。

だが、私は家族への愛情はちゃんとあると信じて疑うことはなかった。


夫の京介は、他の会社に勤めた経験がない。卒業してから今の会社一本でやってきた。

夫なりに転職への不安もあったはずだと、今なら思えるけれど


(なにも、このタイミングで辞めなくても。でも、私さえ我慢すれば。もうこうなったら、今の職場に定年退職まで居残ってやるわ!)


気持ちが疲れて始めていることに、私自身も気づいていなかった。

あと、夫に思っていることを言えなかった。


多少、金銭面で私も不安があったが、夫の退職金が出た。


夫の京介は、退職金の全額をマンションのローンに当てる事にした。

これは私にまったく相談なしだった。


私の母親が一年前に亡くなって、多少だが遺産を私は受け取っていた。

夫の京介は、その遺産と私の給料で、自分たちの生活費をまかなうつもりだったようだ。


(でも、これでなんとかやっていけるはず)


私はもう仕事を辞めたいと、家族に言い出しそびれてしまった。


雇用保険をもらっていたので、約一年ほど夫は転職しなかった。

家にいる事が増えた父親と尚文は一緒に過ごす時間が多くなった。


もう尚文は、幼い頃とはちがって、父親に甘えたがっているわけではない。

二人のあいだには、気まずい空気が流れ続けていたようだ。


尚文は、父親が常にリビングにいるようになり、別の部屋にいる事が多かった。


尚文は上の階の人とのトラブルを抱えてから、とにかく音に敏感になって苛立ち、頭痛が止むことがなくなっていた。


父親がヘビースモーカーで一年中、ごほごほと咳をして家にいるのが、尚文には、絶えられなかった。

それがトラウマになり、外で他人が咳をすることにも嫌悪感を抱くようになっていく。


尚文のカラオケボックスに逃げる出す日々が続いていた。


尚文にとってカラオケボックスはそれなりに音が気になる。それでも自宅よりかはまだ安心して入られる唯一の場所であった。


息子に避けられてる事を感じた夫も、あまり自宅にいないように出かけてみたりと、息子とは距離をとるようになっていた。


それでも、私の職場に仕事が終わる時間には、父親と尚文の二人で一緒に車で迎えに来てくれていた。

私は昼間、二人が気まずさから距離を取り始めているのを想像できなかった。


私たちは帰宅すると、夫が腕をふるって料理を手伝い作っていた。

三人で食事をして疲れきった私はただ寝る日々が続いていた。


(ん……うるさいなぁ)


時折ではあったが、何を思ったのか、深夜一時頃にDYIを始めてしまうような所が夫の京介にはあった。

気になると、夜中でも手をつけずにはいられないらしい。


私が我慢しきれず、何度も近所迷惑だからと言ってみても、夫の京介は手を作業を止めない意固地な所があった。


そうしたことも上の住民の怒りを買う原因のだったのではないかと、今では思っている。

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